【児童精神科医療コラム】児童精神科医しかなかった。
■転科をする医師の気持ちと周りの反応
私は老年病科から小児科へ研修医のかなり早い時期に転科しました。ファミコンのドラゴンクエスト3で「遊び人」から「賢者」に転職するような気軽にjob changeするゲームの世界と現実の世界は違います。私が小児科医となったとき、「あいつ老年病科から小児科に代わったんだぜ」という陰口を周りから散々言われました。こういった経験は、転科の経験がある先生にとってはあるあるかもしれません。
よく小児外科医から小児科医へ、もしくは内科医や整形外科医の先生が開業する前に子どもを診れるようにと転科ならぬ丁稚奉公に来られることがあります。ベテランの先生が若手の先生に教わっているのを見ると、お互いに気まずそうだったり、何であんな年齢の先生が小児科研修に来るんだよ・・と、若手医師がぼやいているのを聞くのはつらいところです。人それぞれに理由があるのですから、それぐらいは察してもらってもいいんじゃないのかと、転科経験のある私は思ってしまいます。転科をすることは、別に悪いことでも何でもないはずですし、自分が感じる気まずさを人のせいにするのは良くないのではないかとさえ、私は思っています。ですがそう感じるのは、私が転科経験側だからかもしれませんね。
■30歳を超えて転科を勧められる
私は30歳を超えて小児科教授に教授室に呼び出されました。いつもの定期的な面談かな?と思っていたのですが、この面談の後に私は小児神経学から児童精神科学に専門を変えなくてはならなくなりました。
教授「小児神経学はどうだい面白いかい?」
私「はい。いろいろ新しいことを日々学ぶので面白いです」
教授「先生は人の話を聞くのがうまいから、患者さんのお母さん方からいい話を聞くよ。でもね、この医局には小児神経学を専門とするのが私と助教授と講師とで3人いるんだよ。先生はまだ若いけどこの3人を抜くのは一生かかっても無理だよ。だからさ。先生の得意な所を活かすのは何だかわかるかい?」
私「もっと。人の話をよく聞くことですか?」
教授「さすがだ。よく私の話を聞いているね。児童精神科だよ。先生は児童精神科医になるべき先生だ!」
私「え? 児童精神科医?」
教授「そうだよ。児童精神科医だよ。実に先生にあっているじゃないか!」
私「え? いや・・。小児神経科医・・ごにょごにょ」
教授「先生が児童精神科の道を極めたいなら、推薦状は書くよ。児童精神科医はニーズが多いよ。だってストレス社会だから。学んでいる人も少ないからね。きっといい選択になるから。しっかり勉強するといい」
簡単に言えばこんな感じで、私の進むべき道は児童精神科医へと決められたのでした。「教授は交渉上手だから、面談では気をつけるんだ。絶対に心開かない方がいい」と先輩に言われていた言葉が今さらのように頭の中を駆け巡ります。
同僚に愚痴ったところ腹を抱えて笑われました。
「いいようにやられたなぁ」
■児童精神科医になった理由
そこから学び始めた児童精神科学。もともと興味がなかったわけではないのですが、子どもそしてその周りの人すべての心の安定を図る分野です。児童精神科医は限りなくグレーな診断であったり、合理的配慮をしたりもします。
例えば、虐待されている子どもを見れば、通報義務があるのですが、通報することで親子の縁がそれっきり切れてしまう可能性がある。もしくは医師である私との関係も切られてしまう可能性がある。ましてや、通報しても日本では親の意見が尊重されるため、親がしつけだと言えば、それで終わってしまう可能性がある。命の危機が迫って待っていられない状況でなければ、「あなたのしていることは虐待なのだ。だから子どもを守るために児童相談所に通報するのだ」ということを理解させ、行動を改めさせる、もしくは虐待せざるを得ない状況に陥った親御さんを支えることが重要になってきます。
これらのことを確認し、その上で誰の説得が必要なのかを見極め、実際に説得をするという一連の行為をするためには時間がかかります。わかってもらえるまで行動を起こし続けなければいけないからです。
ですが、実際に児童精神科医になってみて、「大変」というだけではない感情も生まれてきました。
「何で児童精神科医なんて目指したんですか? 大変じゃないですか?」
とよく周りから聞かれます。つい格好をつけて「子どもたちのためだよ」と言っていたのですが、その感覚がだんだんと自分にしっくり来るようになってきました。
でもこれは私の『人に言えないちょっとした秘密』なのです。
教授を始めとする小児神経科医には聞かれたら笑われてしまいます。私がどうして児童精神科医になったのかを知っているからです。
教授には、「先生には児童精神科領域の子どもを安心して任せられるよ」と言われると嬉しいのですが、「なっ。私の言う通り児童精神科医になってよかっただろ?」と言われることには、内心何と返していいかわかりませんでした。しかし最近ようやく、それが受け入れられるようになりました。
私の医師人生には、児童精神科医になるしか道はありませんでした。しかし、この年になって児童精神科医であることに誇りを持っていますし、なってよかったと本気で思えます。……とはいえ、やはり教授に「私の言う通り児童精神科医になってよかっただろ?」と言われて、「えぇ、そうですね」と言うのは癪だなという気持ちが残っています。これも、ちょっとした私の秘密かもしれません。