【医療コラム】飛ぶように家に帰る私と工事現場を眺めてから帰る講師 医師と通勤時間
■台風の中の寂しい背中
「ちょっとどうしたんですか?」
台風が来ているため、電車が遅延するなど交通障害出ていたため、当直者を除いてみんな17時定時上がりをしている中、人気もない薄暗い19時過ぎ、他科の講師の先生が病院のロビーにある水槽をじっと眺めています。その寂しそうな背中を見ていると、思わず声をかけてしまいました。
「いや、ちょっとね・・。ちょっと話できるかい?」
「えぇ。こんな台風の当直ですから。病棟から呼ばれなければ落ち着いたもんですよ」
「先生、確か結婚していたよね? お子さんいるの?」
「はい。つい最近生まれたばかりなんです」
「そうか。じゃあ、かわいいよね?」
「はい。ですからいつも帰れる日は飛ぶように帰っています」
「そうか。仕事とプライベートは分けないといけないよ。仕事を家に持ち帰ると私のようになってしまうからね」
■職場結婚が故の問題
聞けば、先生は看護師さんと職場結婚したそうです。結婚されてから2人の職場は変わったそうですが、医師と看護師。仕事の相談などを家でしているうちに、プロとしてお互いの言い分があるように衝突してばかりになったそうです。それは子どもの前でも言い争いをしてしまうほど。
「仕事のことは忘れようとしても、つい気になってしまうから仕事の話をしちゃうんだよ。そうなるとお互いヒートアップしちゃってさ。だから、気持ちを切り替えてから帰るようにしているんだ。駅のホームで電車を眺めていたり、工事現場を眺めていると、いつまででも時間を忘れて見ちゃうんだ。今日は台風だから、外で見るのはつらいから、室内にあった水槽眺めてたってわけなんだよ」
そんな風にいう先生を見ながら、私は他の先生のことを思い出しました。
「あー。知り合いにもいます。1人飲みしてから帰る先輩ですけど。でも、先生は仕事も家族も真剣だからそうなっちゃうんですね」
「気持ちの切り替えが苦手なだけなんだよ」
先生のご自宅は病院の目の前。歩いても10分もかからないそうです。それなのに工事現場に行ったり、駅までわざわざ行って電車を眺めてから帰っている。たった10分の距離が、こんなにも遠くさせているのはつらいのではないかと思いました。大好きだから結婚をした相手が待っている家なのに、衝突しないように気を遣って時間をかけて家に帰っているのですから。
■遠い所に家を置くという方法で
「考え事したりする時間って大事ですよね。でもそれならこのあたり、土地代も高いからいっそ引っ越しちゃったらどうですか? 僕の家、ちょっと遠いんですよ。昔、病院の目の前に住んでいたら、自転車で通っていたんですけれど、行きたくない日なんて自転車で病院2周してから病院行ってました。今は1時間かけて車通勤です。そうやって時間をかけているうちに、気持ちを立て直すことができるんですよ」
「そうなんだ。君は仕事向いていないんじゃないか?」
先生はそう言って、笑ってくれました。
そんな話をしていた2か月後。先生は引っ越しをしました。病院から電車通勤1時間。電車の間に考え事したり気持ちを切り替えたりしているそうです。
「この前さ、宮崎で学会あってさ。みんな飛行機で行くの。僕さ、東京から電車で行ったわけ。そしたら一杯研究のいいアイデア浮かんじゃってさ。やっぱりああいう時間って大事だよね。先生の提案、エクセレントだったよ」
仕事と家族に真剣に向き合おうとするには時間が必要だったのかもしれません。今では、家庭ないでのいさかいも、すっかりなくなったそうです。
でも先生の話を聞きながら私は心の中で静かにツッコミました。「さすがに宮崎は飛行機だろ!」って。何せ飛行機なら1時間で行けますが、電車だと9時間もかかるのですから。
でもそれ以来、先生の寂しい背中を見ることはなくなりました。それだけは本当によかったなと思います。
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