【医療コラム】 「これってひとりごと?」 医師のつぶやき
■何かを聞いているような口癖
今日はコーヒーにしようか紅茶にしようか?
人はいくつもの選択を1日のうちにしているものです。選択をするというのは非常に脳に負担がかかる。それが医師のストレスの1つになっていると言われています。
「誰かの意見を聞きたいのですか?と私も聞いたのですが?」
「え?そんなこと言っている?」
そうです。先輩にとって、まったく意識のしていないひとりごとなのでしょう。しかし、確実に先輩は人に話しかけているぐらいの声量で、ひとりごとを言っていました。
そのひとりごとに返事をしても、先輩は自分の世界に入っているため、返事が返って来ません。だから初めての人や気を抜いているときには、びっくりしてしまいます。とはいえ先輩は医師としては素晴らしい人。そのせいもあって先輩の口癖はマイワールドとして、認められています。長々と前置きしましたが、先輩のひとりごとは急に始まるのです。
■有名な独り言をいう先生
どうしようっか? 何にしよっかな?
病院の食堂や飲食店で人に聞こえるようにひとりごと。
「よし、カレーにするか」
と、結論までひとりごとで出してしまいますが、こんなのは日常茶飯事です。
どうしようっか? うーん。あの派遣病院には⚪︎⚪︎先生に行ってもらおうかな? それとも✖️✖️先生がいいかな?
また先生の独り言が聞こえてきます。ですが、医局でのこんなひとりごとは当事者だとドキドキものです。どんな答えが出てくるのだろうと、横目でチラチラ見ながらそわそわ。
よしっ⚪︎⚪︎先生がいいな。うん!そうだ。
と、このひとりごとで決まって辞令が出る場合もあれば、なぜか正式には✖️✖️先生になってしまうこともある。聞かないに越したことはないのですが、声の大きなひとりごとは気になってしまうものです。
本当にひとりごとなの?
診察室とかでも先輩のひとりごとは出るのですが、治療方針など、どうしようっか?と言っているときなんか聞いて欲しいんじゃないか、とも思ってしまうのですが、結局、周りのこえには反応せずに素晴らしい治療方針を選択するので、やはりひとりごとなのでしょう。
■愛されているからこそ移ってしまうこと
その先生を真似したくてする医師はいないのですが、気を抜いてしまうと、つい口にしてしまうときがあります。
どうしようっか?
私がつい、ひとりごとを言ってしまうと、他の医師から声をかけられます。
あー、先生の口癖うつっているよー。
先輩のひとりごとなのか、ひとりごとの先輩が憑依するのです。
そう言われて、その医師と笑いあう。でもこれは決して悪口ではなく、先生をリスペクトしているからこその言葉です。腕のいい先生ということもありますが、人としてもとてもいい先輩だったので、色々な人から好かれていました。だから、こんな風に先生がいない場所でも軽口を言えてしまうのだと思います。
それから月日が過ぎ、今はもうその先生と一緒の病院で仕事をしなくなりました。けれどこの間、駅の近くを散歩していたら、
「渋谷はどうやって行くんじゃ…」と駅の路線図を見ながら、つぶやいている高齢者を見かけて、ふっとあの先生のことを思い出しました。今は何をしているのかなと、温かい気持ちになりながら、私はその高齢者の方に声をかけたのでした。もしかしたら、しばらくは私もまた、ひとりごとが増えてしまうかもしれません。