すべてはバタフライエフェクトと捉えると、なんだかすっきりしてくるという話
↑一昨年の草津のかわいい氷キャンドル🧊今年も寒いうちに温泉浸かりにいきたい♨️
今週はとても疲れました...。なのでささくれだった心をまずはフラットにするために、去年一番感動した文章を題材として書き綴ってみます🦋
なぜ心が疲れていると感動を欲するのか?
心が疲れてる時って自分を取り戻すため、きれいなもの気持ちいいこと楽しいこと美味しいもので満たされたくなります。
満たしていくうちにだんだん素の自分を取り戻す感じでしょうか?
きっと多かれ少なかれたいていの人はそうだから、数々のエンタメ・娯楽が存在しているのかなと。
そして回復してまた働いてお金を稼いで、また疲れて回復のために課金するというエンドレスサイクル🔁
でも私はほんとうに疲れると、きれいなものというか綺麗な世界に触れたくなります。
綺麗な空気感というか。人直接じゃなくて、人と人との間で繰り広げられる綺麗な世界。
というか欲しているのはきっと「綺麗な解釈」なのだと。
要は人と人との間で起きる面倒ごとではなく、真逆の、人と人との間で成長できたとか一緒にいられて良かったとか、そういうポジティブで未来志向の、「ここで過ごせて幸せだった」というスナップショット。
そこに垣間見えるストーリーに自分を入り込ませて、感じ取れる綺麗な気持ちを思い出したりはたまた疑似体験をすることで、やさぐれた今の心をちょっとばかり癒すことができるためです。
バタフライエフェクトをテーマにしたあの文章
そんな時のイメージソースとして思いを馳せるのは、いつかいた場所の景色や空気感、一緒にいてくれた人たちとの時間に感じた自分自身の感情。
文章だとパッと出せるのはこの、桐朋高校の2024年3月の卒業生答辞として昨年公開されたものです。
もともとはXで拡散されていたように記憶しています。
こんな内容を実際リアルにスピーチとして聞けたら確実にその場で泣いてしまうと、卒業生でも保護者でもいずれでもない無関係な私の心をしばしの間鷲掴みにしてしまう効力がありました。
出だしだけご紹介しますが、まだ読んだことがない方がいたらぜひ見ていただけると嬉しいです。
冒頭飛び始めた蝶が、各エピソードをひらひらと優雅に舞いながら案内しつつ、最後にはふわりとどこかに行ってしまったように感じたのは私だけでしょうか?
随所に魅力的な引用がされており、それらの組み合わせがとても秀逸。
学生生活のエピソードを複数散りばめることで、しっかりとした具体性やちょっとした笑いを伴い、答辞というシーンにふさわしい非常に力強いメッセージ性を感じる内容になっています。
しかも散りばめられたのはエピソードだけではなく...
本当に才能の塊ですごすぎる。
ちなみに私は涙腺が弱いので、割と毎回読むと泣いてしまいます。そして少し心が綺麗になった気持ちになれる。
バタフライエフェクトを探して振り返ってみる
社会人になると卒業なんて定期イベントはないので、また転職でもしない限り同様な体験をすることはありませんが、仕事関係に限らず何かしらのバタフライエフェクトを感じながら時の経過を楽しむことなら、特に特別な節目でなくてもいつでもできるのだろうと。
そう考えると、今の自分が今ここにいるのは何が影響したんだろう?
ここにいなければ出会えていなかった人たちに出会えている。
面倒ごともあるけれど、いいこと楽しいこと嬉しいことも確かにあるよなと。
それらって何が原因で、きっかけなのかな。
であれば今取り組んでいる些細な試行錯誤やチャレンジが、やがて何かを引き起こす原動力になっていくのかもしれない。
もがいてることも無駄じゃないのかも。
そんな風に思考を巡らせつつ、もう数えきれないほどのさまざまな偶然の集大成でここまで生きてきているんだな、と改めて大きな視点で今の自分を捉えることができると、些細なことはただの通過点でいつか思い出..というよりすっかり忘れてしまうし、ならそこに囚われるのは時間が勿体無いなと達観してきます。
何がどうなるかはすぐに見えず、自分ではどうにもコントロールできないことの方が多いし、広い視点で捉えるといいことも悪いことも含めて経験なので。
思ったことを表現する: アウトプットの効力を実感
あれ?なんだかざわついていた心がフラットになってきました。
思いを書き連ねているからってのもありそう。アウトプットの力はすごいと改めて。。
とまあいつも以上にとりとめのない内容になっちゃいましたが、5週連続でnote書けたし!あとはゆっくり寝て、週末好きなことをします😌うん、満足✨