シェア
夜森蓬
2024年10月19日 21:52
*気がつけば、隣の少年もその隣の大男も、一様に涙を浮かべて準司祭の祈りを見つめていた。勿論、ロエーヌ自身も…自分が泣いていることに気づいていた。そのくらい、純粋に心打たれた。アリエルは涙を拭いながら、こんなことってあるのかと思った。人がただ祈りを捧げている姿を見て感動してしまうなんて…。この人は、本当に身も心も清らかな聖人なのだろう。「…お待たせしてしまいましたか。申
2024年10月27日 21:32
*時折、のんびりと馬車が通り過ぎる道。日が傾いて、眩しいと思っていると、不意にヒュッという短い風を感じて、アリエルはサッとしゃがんだ。その上を丸い小さい何かが通過していき、正面の少し離れた所に立つ太い果樹の幹に、カツンと当たって、ころりと落ちた。「アリエルさん!」ロエーヌは剣の柄を握りしめ、鋭い眼光を放つ。「何者!?」ロエーヌの声の先にいたのは、若い長身の男だった。後
2024年11月8日 21:30
*アスナロンの集落に入ったところで、どこからともなく、音楽が聞こえてきた。ぜんまい仕掛けの機械が鳴らす、哀愁ある音色…。これは… “芸術の神”トゥクルを讃える讃美歌の1つ。『オルガンを奏でよ』だ。ほかにも『讃美歌を歌え』『輪舞を踊れ』『花の絵を描け』『木像を彫れ』『刺繍せよ』『壺を造れ』など、100曲以上もある。ちなみに1番少ないのは、主神パナタトスの2曲で、『汝生きよ』
2024年11月23日 21:50
*月明かりで読む、黒表紙の本のような手帳。早世した亡き父の形見の品。ぱらぱらとめくりながら、彼は自分の身に降りかかった約1年前の災厄…あのときの出来事の一部を思い出していた。先に飲まされた苦酒のせいで、頭がぼんやりとしてはいたのだが…左胸に押された焼き印の、烈しく波打つような強い痛みと、蒼く燃ゆるような暗い怨念に、心を占められていたのをはっきりと覚えている。…そして、その