見出し画像

[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第4話

前回の話(第3話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 八鳥がテキスト・コンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』「質問募集記事」を投稿した1週間後の金曜の夜、待ちに待った初コメントがきた。

 しかし、その初コメントの内容は、八鳥が期待するのとは真逆のものであった。
 些か気分を害した八鳥は、彼のお気に入りピチカー(この「お気に入り」というのには複雑な理由があるが)である閑古鳥 滑太(かんこどり かつた)のアカウントを探した。
 しかし、閑古鳥の記事はここ暫く更新されていないようであり、彼が最近『ピーチク・パーチク』にアクセスしているかどうかも、不確かな状況であった。

※※※※※

 結局、金曜の夜に届いたコメントは1件だけだった。

 しかし、初コメントをきっかけに、翌日の土曜朝から八鳥の「質問募集記事」に対するコメントが急速に増え始めた。
 
 八鳥の期待通りにことが進んだこと、そして進まなかったことがある。

 まずは八鳥が望んでいたように、「質問募集記事」のコメント欄は大いに盛り上がった。
 一方、コメントのどれ1つ取っても、八鳥が望んでいた類のものはなかった。

 コメントの内容は微々たる差はあれど、主要なメッセージはどれも似たようなものであった。

「私も八鳥さんに質問はありません」というような1行コメントもあれば、
「いつも八鳥さんの記事を楽しく読ませていただいています。それとは別に、八鳥さんに質問は特にありません」という好意的なお礼を枕詞に添えてあるものもあった。  
 かと思えば、「暫くコメントできずにすいませんでした。モジモジしていましたが、やっと気持ちの整理がつきました。私も八鳥さんに質問はありません!」という再認識型のコメントもあった。
 または「八鳥さん、いつもユーモアと知性溢れる記事を読み、笑わせていただいたり、ときに勉強させていただいています。今後とも応援しています! あっ、あともう1つだけ。私から八鳥さんに質問はありません!」などと、本当に八鳥の記事を好んで読んでいるとしか思えないピチカーからのコメントも散見された。

 コメントのボリュームに差はあれど、基本的なメッセージは「八鳥さんに質問はありません」というものである。

「私は普段、コメントなど滅多にしないのですが、ひと言だけ書き残したくてコメント欄に立ち寄らせていただきました。私としては、八鳥さんには質問は全くない…という点だけ、ぜひご理解いただきたく、ご確認お願いいたします。本当にありがとうございます!」
 日が経つにつれ、このように初めて八鳥のアカウントに遊びに来て、心の底から感謝を述べる人たちも増えてきた。

 八鳥が数日前まで抱えていた不安とは裏腹に、「質問募集記事」に対するコメント数は日々増え続けた。
 しかし、コメント欄が増えるごとに八鳥の頭は混乱し、自分の感性を超えた芸術的センスを持つ監督が撮った意味不明な映画を見せられているような気分になってくるのであった。

 そんな八鳥の混乱を無視するかのように、ピチカーたちからのコメントの勢いは留まるところを知らない。

「八鳥さん、はじめまして。本記事を拝見し、私から八鳥さんに対する質問はありませんので、このたびフォローさせていただきました! 今後ともよろしくお願いします!」
「八鳥さん、この記事はおすすめさせていただきますね! お世辞抜きで、次回の『ピーチク・パチロー賞』狙えると思いますよ! これからも応援してますし、質問はありません!
 次第によく分からないロジックで、今回の記事をきっかけに八鳥をフォローしてくる人や賛辞を述べる人まで激増し始めた。

※※※※※

 八鳥は大量のコメントに対し、どうリアクションしたものか途方に暮れ、何らの返事もしないままに放置していた。
 それにもかかわらず、コメントは増える一方である。
 八鳥が回答をしないにもかかわらず、知り合いのピチカー同士が八鳥不在の状態でコメント欄で勝手に盛り上がり始めた。

川瀬ミモザさん、このたび八鳥さんに質問がないことをきっかけに、何か相性が合いそうな気がしましたので、フォローさせていただきました! フォロバは気にしないでくださいね!」
「私、最近はすっかり読み専だったんだけど、八鳥さんに質問がないので、ついついコメ欄にまで出て来ちゃったわぁ」 
「誰かと思えばジューシーまつりかさん。久しぶりですなあ。それにしても、八鳥さんに質問はありませんなあ! ワッシャッシャッシャッ!」
「八鳥さんに質問がない方が自分以外にもこんなにいたなんて。私のような者でも生きていていいんだって、何だか生きる気力が湧いてきました。昨晩まで、死に場所求めてピーチクパーチク生きてきたのですが、八鳥さん、皆さん、本当にありがとうございます! 八鳥さん、質問はありません!

※※※※※

 八鳥はこの騒ぎの最中、偶然、他のピチカーの記事で自分の名前が書かれているのを目にした。
 
 彼は『ピーチク・パーチク』で自分の「八鳥六郎」というハンドルネームを検索ワードとして入力し、エゴサーチをすることが習慣となっていたが、このカオスの中でも、その癖が出てしまったようである。
 「八鳥」という検索ワードに引っ掛かった記事を開いてみると、『あっちょんピヲこ』というピチカーにより、八鳥が先月投稿した米国ネバダ州の紹介記事が引用されていた。
 見過ごしそうになったのだが、下にスクロールし、何気なくコメント欄を覗くと、以下のようなやり取りがなされていた。

あっちょんピヲこさん、ラスベガスいいですね! 私も行ってみたいです。ところで、八鳥さんの記事は私もたまに気になってますよ! 例の『質問募集記事』見ました? あれはなかなかアレですよねぇ? 私は八鳥さんには質問はないんですけどね」
あくびピヲこさん、ありがとうございます! 私と名前が似てますね! フーバーダムからグランドキャニオンっていうお決まりのコースも、ぜひ楽しんでくださいね。あとその記事、私も見ましたよ。八鳥さんの最後の告知前のエッセイ、軽妙洒脱なトーンで楽しかったです。あー、私も八鳥さんに質問はないですね」
「あっ、私もそれ読みました。いいですよねー、そして八鳥さんに質問はないですよねー」

※※※※※

「コンドルちゃん」こと近藤留美子が、以下のタイトルで6,000文字超の紹介記事をぶち上げ、この記事が大きくバズった。

私の気になるピチカー 八鳥六郎さんを紹介! 『八鳥さんに質問はありません!』

 これに便乗し、この手の記事が増えた。
「私も参加します![八鳥さんに質問はありません企画]」
「告知! 参加者募集! 八鳥さんに質問ないリレー」
「金もない! 愛もない! 八鳥さんへの質問はもっとない!」

 ついに『ピーチク・パーチク』運営側「八鳥さん ノークエスチョン・マガジン」という独自のマガジンを開始し、その中にさまざまなピチカーたちの「八鳥記事」が収録されていった。

 ここに至り、八鳥は(すでにこの頃には精神的に疲弊していたが)、運営側に「さすがに何もかも(特に運営のマガジンについては)常軌を逸しているのではないか?」という趣旨の問い合わせをした。
 しかし、運営からは「お問い合わせいただいた内容については承知しました。現在、事実関係を調査中です。調査結果が判明次第、ご連絡させていただきます。なお末筆ながら、現時点において当社から八鳥さんへの質問はないということを申し添えます」といった形式的な回答が来て以来、何らの連絡もない。

 その後も、さまざまなバリエーションの記事が投稿され、フィクションまで投稿され始めた。

「 [54字の物語] お題:八鳥さんに質問しない夏だったね」

「[ショートショート] 正義の味方! 八鳥さんに質問しないマン」

「[掌編小説] 躊躇い傷を増やす彼女、そして八鳥さんに質問をしない僕」

 ……

 どこの国の出身か定かでないが、ピヲール・カザンというピチカー「HACHIDORI-SAN ?  QUESTION ?  DON'T EVEN THINK ABOUT IT ! (八鳥さん? 質問? そんなこと考えるもんじゃあねえぜ!)」という英語版の論文を投稿し、これも欧米圏と東南アジアでそこそこバズったことにより、海外から『ピーチク・パーチク』にアクセスしたり、ユーザー(ピチカー)登録したりする人も以前より急激に増え始めた。
 そして、それらのピチカーは例外なく八鳥をフォローした。

 ついに「[SFホラー] 都市伝説では済まされない! 私は確かに見た! 八鳥さんに質問がある黒装束の女」という記事が投稿されるに至り、何となく八鳥に質問をすることが忌まわしいことであるかのような都市伝説が『ピーチク・パーチク』のあちらこちらで、ピーチクパーチク囁かれるようになった(「都市伝説では済まされない!」というタイトルの記事を発端にそのような都市伝説が広まり始めたのは皮肉な話ではあるが)。

 さすがに自信過剰な八鳥もこれら一連の騒ぎにより、日に日に食欲がなくなり、ついには不眠に悩まされ始めるようになった。
 この間、彼の体重は7キロも減り、睡眠薬なしでは眠れない状態になった。

※※※※※

「質問募集記事」の投稿日から数え、1ヶ月も経過する頃、同記事に寄せられたコメント数は数百に達した。
 そして、八鳥をよりうんざりさせることに、その数は今もまだ増え続けていた。

 八鳥のフォロワーは優に1,000人を突破していた

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?