[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第15話
前回の話(第14話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
ホテルの部屋で何気なくテレビを点けた八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、人気討論番組『こんな時間にあーでもない!』の議題を見て驚愕した。
同番組では、正に自分に対する「質問」を禁止する趣旨の「八鳥条例」の是非について、議論がなされているところだったのである。
しかし、一方で八鳥は、今回の一連の(八鳥)問題のバカバカしさを真っ向から糾弾してくれるパネリストが登場するであろうとも期待しながら、同番組の成り行きを見守っていた。
そんな八鳥は、テレビ画面に映し出されたパネリストを見て、さらに驚くこととなった。
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「続きましては、フリーライターであり、八鳥問題のエキスパートでもある遅井隼(おそい はやぶさ)さんにお話をお聞きしたいと思います。遅井さんは『週刊ライアーバード』に所属されていた際、いち早く八鳥に単独取材を仕掛け、ライアースクープを発表した後、現在は独立されたとのことですが……やはり、あの『ねぎま味キャラメル』のやり取りで見せた八鳥の一面。あれが……やはり八鳥の真の姿なのでしょうかねぇ……」
何と! あの遅井がこの人気番組のパネリストとして呼ばれているのか?
それにしても、前回会ったときと比べ、遅井の見た目は随分と変化しており、実に奇抜なファッションに身を包んでいた。
大きな金色のハヤブサマークの刺繍が入った紺色のキャップを目深にかぶり、キャップからは少しだけ伸びた金髪が飛び出している。
真っ白なスーツに紫色のYシャツを着て、顔にはサングラスを掛け、首からぶら下がる金のネックレスがはだけたYシャツの胸元からチラリと見える……。
どこから着想を得たコーディネーションか分からないが、随分と派手な見た目になったものだと八鳥は目を丸くした。
「まあ、『ハチドリ、ハヤブサ焼かれても、ねぎまになれば報われる』……なんて昔から言いますけどね……へへへ……そんなことより大事なことはアレでしょ? あの八鳥がボクからふんだくったキャラメル咥えて……ボクに向かってピヲピヲ囀(さえず)っていたっていう事実……まあ、彼の本性をひと言で表すとすれば……これに尽きるんじゃないかなあ……とボクなんかは思うんですけどね……へへへ」
「ちょっと私からいいですか?」
番組を進行するトリニダード敦子(あつこ)が遅井のコメントに対して何か言いかけたタイミングで、急に民俗学者の一鳥羅 怒羅夫(いっちょうら どらお)が割って入った。
この一鳥羅も討論番組でたまに目にするが、今回だけでなく、人が話している最中にやたらと割って入って来ることが多い。
そして、疑問提起ばかりするが、自分からは決して解決策を提示することはないというのがこの人物の特徴であると八鳥は感じていた。
八鳥は先ほどと同じように、またもや顔をしかめ、1人毒づいた。
「まあ、これまでの皆さんの意見を聞いてるとね、やれハチドリだの、やれピヲピヲだの仰ってますけどね……私から言わせるとですね、もっと本質的な問題は別のところに有るんじゃないかと……それを思考停止しちゃってね、ハチドリがどうした、バードがどうしたとばっかり声高に叫んでいてもね、そこだけ見ていても…コレ…やっぱりね……本質を見失うんじゃないかとね……私なんかはね……思いますですけどね」
「いや、ですから一鳥羅先生が考える本質的な問題はどこにあるのかと、私は先ほどお聞きしたんですが……」
一張羅の発言に疑問を提起したのは、ジャーナリストの鷲爪 九屈(わしづめきゅうくつ)だ。
この鷲爪というのは、なかなかに頭の回転の速い人物だが、やたらと周りに好戦的に食って掛かる男である。
そして毎回、特定の人物に狙いを定め、意図的に怒らせるような話し方をする。
たまに鷲爪に挑発された相手が議論の継続もままならないほどに逆上することもあるが、それでも鷲爪をこのような討論番組に呼び続けるという番組制作側の姿勢に八鳥は納得いかない気持ちがあった。
「それはアナタ、さっき私が皆さんにお見せした客観的なデータで伝わっていると思いましたがね」
「いえいえ、過去のデータの裏付けはもう分かったのですが、今抱えている八鳥の問題に対する具体的なソリューションみたいなものが、一鳥羅先生のデータからは見えてこないんですよ。……それと……あのデータ自体、ソースはいったいどこなんですかね?」
「ああ…ソースはちょっとコンフィデンシャルだから。でも、アナタそう言いますけどね。じゃあ、あのデータが示す状況が数年やそこらでガラッと大きく変わると思いますか? そりゃ人間のやることですから、多少の誤差はあるかもしれませんよ……」
「一鳥羅先生、その『誤差』という言葉も先ほどから出て来ますが、先生の仰る誤差というのが具体的にどの程度の範囲を指すものなのか……」
そこで番組の総合司会者の鳥越権平太(とりごえ ごんぺいた)が声を張り上げた。
「ちょっと待って! ここで1回整理しよう。要するに…これまで出て来た意見としては……八鳥がかつてない……脅威? リスクだっけ? ……そして、ピヲピヲ問題は? これ、警察も全く把握してなかったということだったよね? そこまで間違いない? はい、じゃあ一旦CM入れよう」
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――テレビ画面は『鳥四(ちょうよん)製薬会社』の新たな風邪薬のCMに切り変わった。
「チキチキママー、頭が痛いよー、ピヲピヲ」
「あら、チキチキ坊や、それはたいへん! そんなときには鳥四製薬の経口薬『鳥四ピル』!」
……やれやれ。
八鳥も何だか頭が痛くなる思いで、冷蔵庫に向かった。
飲まないとやってられない。。。
自分に必要なのは少量のアルコールなのか、それとも精神安定薬の類か、またはそれ以外の何かなのか……。
テレビは風邪薬の名前を連呼し、頭痛から解放された小鳥のキャラクターがスッキリとした表情で、パタパタと画面の中を飛び回っていた。
八鳥は頭を押さえながら、『こんな時間にあーでもない!』に良識を持ったパネリストが登場し、彼の頭痛を少しでも和らげてくれることを願わずにはいられなかった。
(つづく)