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【流行りの転生モノ】目覚めたら『ウザ絡み』が最高の美徳とされる世界の住人になっていた
オレは『ピーチク・パーチク』というSNSサイトで記事を投稿している。
そのSNSにはコメント機能があるんだけど……他のピチカー……あっ、ピチカーっていうのは、そのSNSに登録しているユーザーの愛称なんだけど、他のピチカーが書いた記事のコメント欄で……オレは……その……何て言うか……ウザ絡みをしてしまうんだ……。
オレだって、後から冷静になると「あのコメント、ちょっとウザかったかなー」なんて悩んだりするんだけど、面白い記事なんか読むと瞬間的にハイな状態になっちゃって、コメントの勢いが止まらなくなっちまうんだよ。
……あー、自己紹介が遅れたけど、オレの名前は月男……木津月男(きつ つきお)っていうんだ。
よろしくな!
ピチカー活動を始めたばかりの頃、質の高いホラー小説を投稿したピチカーがいてさ、オレやっぱり、ああいうの読むと興奮しちゃうんだよね。
もうコメント残さずにはいられなくなっちゃって、コメント欄に「いや~、あなた様は実に面白い! いえいえ、あなた様はね、ホントに面白いんですよ! あなた様がどれだけ凄いか、もしかしたらご自分でも気付いてないかとも思いましてね。その点、私はね、、、あっ、私は月男というケチなやつでございますがね、いや、いくらケチな私でございましてもね、あなた様がどれだけ素晴らしいかということは、もはやあなた様よりも良く気付いている次第でありまして、、、えー、それでは……あなた様の素晴らしいところ『その1』!……」……なんてハイテンションなウザ絡みコメント書いちゃってさー、まあ返事も来なかったけどな。
そんなんだから、当時、オレがウザ絡みしたピチカーたちの大半はオレのコメントを無視したり、中には露骨にオレのウザ絡みコメントを削除するような奴らもいた。
それだけなら、まだマシな方だ。
ウザ絡みコメントで恨みを買って、自宅を特定されそうになったり、命を狙われそうになったことも1度や2度じゃない。
SNSっていうのも、オレみたいなウザ絡みをやめられない人間にとっては、何とも住み辛い場所だなんて、一時期は随分と鬱々としていたんだ。
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※※※※※
ある日曜日の朝、オレは前の晩に飲んだ酒がまだ残ってる感じで、昼頃にゆっくりと起き出して、テレビの電源を入れた。
テレビでは、ちょうどワイドショーが放送されていたんだけど、オレは一瞬目を疑ったよ。
「今年の流行語大賞」みたいのがあるだろ? 番組では、そんな話をしてたんだけど、何とその流行語の1つに……何がノミネートされてたか……もう分かるよな?
そう……
「ウザ絡み」だ。
結局、ウザ絡みはその年の流行語大賞の受賞こそ逃したんだけど、徐々に社会的な成功、安定した仕事、誠実な人柄、清潔感……などとともに「ウザ絡み」がモテる男の条件として、週刊誌やワイドショーで取り沙汰されるようになっていった。
そして、恋愛小説やドラマも、どれもこれもウザ絡み系ラブストーリーばかりになったんだ。
「先輩……私……先輩が去年の文化祭準備のときに私にしてくれた……あのウザ絡みが忘れられなくて……先輩! 私と付きあってください!」
オレはプツッとテレビを消した。
また同じストーリー展開か。
最初は興味のなかった男女が、ある「ウザ絡み」をきっかけに徐々に惹かれ合い、結ばれる。
男が「ウザ絡み」をするパターン、または女の方の「ウザ絡み」が上回るパターン、舞台も学校や会社などの差はあれど、「ウザ絡み」を軸として恋愛が発展する似たような映画やドラマばかり大量生産され、そして消費されていった……。
※※※※※
ウザ絡みに対する社会的な注目度が高まる中、ある日、電車に乗っていたオレは、近くに座っていた親子の会話を聞いて、思わず耳を疑った。
「アンタもお兄ちゃんみたいに、上手にウザ絡みできるようにならなきゃダメじゃない! 将来、苦労したくなかったら、ちゃんと人に対してウザ絡みできる大人にならなきゃいけないのよ!」
「良子は何回教えてもウザ絡みが下手だからなぁ~」
「うわ~ん。お母さぁ~ん、お兄ちゃぁ~ん。ウザ絡みができなくて、あたちは悪い子でしゅ~。うわ~ん」
「夏休みは、クラスの子に差を付けるために毎日ウザ練よ!」
この教育方針は何だ?!
ついに義務教育の過程には、従来の国語、数学、英語、歴史……などのほかに『ウザ』なる教科が組み込まれるようになった。
その頃は、みんな正しいウザの姿を求めてもがいてた時期だったから、学校内や職場、街中や電車の中では、ときにどっちがウザいかを巡って口論、終いには殴り合いや殺傷沙汰が発生することもあった。
「お前の絡みなんか、全然ウザくねーじゃねーか! 好印象なんだよ! この野郎!」
「オレのどこがウザくねーっていうんだよ! オレはガキの頃から家でも学校でもウザがられてきて、この年になるんだ。さっきのオレの絡みをウザく感じねーお前がおかしいんだよ!」
「オレ……先週、フォロワーが1,000人超えたぜ! へへへ、興味ないだろ!」
「そんなアピールのどこがうぜーんだよ。オレなんかなあ、初対面の人間相手に歴代のアカデミー主演女優の名前、ずらずら並べちまうぜ。聞かれてもいねーのによ!」
「何よアンタたち! 私なんか、誰にも興味持たれてないのに、先週『私の過去記事、自選ベスト10』企画なんか投稿しちゃったわよ!」
「オレなんか、質問募集してやったぜ」
「私なんかピチカーとしてのキャラをリアルでも実践し始めましたが。ハ~ピピヲピヲピヲ🐦ピピヲピヲピヲ🐦」
巷では、我こそはとウザい人間ばかりが目立つ世の中になってきた。
「小っちゃな頃からウザ過ぎて~♪ 15でますますウザ過ぎて~♫ 20でやっぱりウザ過ぎて~♬ 30やっぱりウザ過ぎて~♬ 40やっぱりウザ過ぎて~♬ 50もやっぱりウザ過ぎて~♬ 60やっぱりウザ過ぎて~♬ 70やっぱりウザ過ぎて~♬ 80やっぱりウザ過ぎて~♬ 90で~実は~……フフフンフ~ン♬💕」
テレビを点けると、音楽番組やCMソングもウザ絡みをテーマとした歌ばかりが流れるようになり、アッという間にウザ絡みソングしか流行らなくなった。
もはや多少勉強や仕事ができても、「ウザ絡み」のできない人間は社会不適合者の烙印を押され、蔑まれるようになっていった。
ウザ絡み系『ピヲtuber』みたいな奴らが有象無象、バラバラと出て来ては淘汰されていった。
それもその筈。
「本家ウザ絡み」のオレから言わせると、どいつもこいつも偽物ばかりだった。
ウザ絡み系を名乗っている奴らの大半が、結局はウザを装ってはいるが、すぐにメッキが剥がれて、「人格者」な一面とか常識的なコミュニケーション、適度な距離感の保ち方、、、みたいな気遣いがチラチラ見えてくるんだよ。
何とか「ウザ絡み」の体をなしているようには見えるものの、どこか「空気や距離感を読む巧みさ」が垣間見えてしまい、それがウザのコーティングの隙間からさり気なくチョロッと出てくるもんだから、逆にギャップからくる好印象を相手に与えてしまったりするのも偽物の特徴の1つだった。
一流の「ウザ絡み」を名乗る以上、終始一貫して人を多いに落ち着かない気分にさせ、ソワソワさせ、そればかりか、その場から一刻も早く離れたい、できればこの人物とは、この先、余計なコミュニケーションを取ることは避けたい……ときには、そういった感情に加え、息苦しい……体が燃えるように熱くなってきた……今度は逆に全身が凍えるような寒気が襲ってきた……汗も咳も止まらない……世の中は実に不条理であり、個人の努力次第では如何ともし難いことがなぜこんなにも多いのか……この体と心と命にいったい何の意味があるというのか……この星は果たして幸福に向かっているのか……宇宙に絶望の数はどれほどあるというのか……ああ父よ……ああ母よ……私の魂はなぜこんなにも汚れてしまったのか……あー、私はもう……明日の朝はきっと目覚めることはないだろう……む…無念……もう少し……人に優しくしておくべきだった……グフッ!…………もはや赤い血も出て来やしない……ここはもう天界なのか……亡者のうごめく地の底か……梅の花が咲いた……桃の花も咲いた……アレは……もしやの彼岸花…………と、まあ……せめてこれくらいの気分にさせなくてはならない。
オレの言うこと、分かるだろうか?
要するに、本当の「ウザ絡み」って、こういうもんなんだよ。
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※※※※※
オレは試しにウザ絡み系ピヲtuberをやってみたが、すぐに人気者になり、フォロワー数もあっという間に数万人に達し、収益化に成功した。
ピヲtuberを始めたばかりの頃、試しに最初のコメントに返信してみた。
「コメントありがとう。ただ残念ながら、ピヨピヨじゃなくて、ピヲピヲなんだよ。ピヨピヨだと、ただの小鳥の鳴き声になっちゃうだろ? これはカタカナの『ヲ』さんをもっとチヤホヤしてあげようというところから生まれた言葉だから、ピヲピヲと書くべきで、ピヨピヨと書いた時点でアレなんだ」と返したところ、1週間も経たない内に「スキ」が3,000入った。
「その返し、最高にウザいです!」
「ウザ絡みの見本のようなウザ絡みだな!」
「今のウザ絡み、どうにかオレがやったことにできないかなw」
「『ヲ』さんてw 誰も知らんやん、そんなキャラw 天才的なウザ絡みだなwww」
「でも、これってウザ絡みっていうか、ウザ返しじゃねーの?」
「↑ いいねー、お前のコメント! ウザ絡みとウザ返しを区別しようとするウザさ! 素直に『いいウザ絡みですね~』で流せばいいのに、『ウザ返しは、ウザ絡みとは違うのではないか?』というウザな疑問提起!」
「↑ 出た! 解説型ウザ絡み! 最近、ちょっと見飽きてきたけどな」
「……いや、いったいコレのどこがウザ絡みなんですか?」
「↑ 待ってた! みんな『ウザ絡み』の方向で賛同してるのに、1人で『ウザ絡みじゃないんじゃないか?』っていう捻くれたコメントする逆張り型ウザ絡み!」
「皆さん、ウザいかウザくないかなんて気にせず、自由に楽しみましょう」
「↑ 懐かしいw 悟ったような上からの価値観押し付け型ウザ絡み!」
……コメント欄は、私のウザ絡みを絶賛するコメント、そして私のウザ絡みにかぶせるように自慢のウザ絡みを披露するコメントで大いに盛り上がった。
オレは専業ピヲtuberとして年間億単位の金を稼ぎ始め、会社を辞めた。
ピヲtuberで作った資金をもとに『ウザ絡み教育』の事業を起こしたが、社会全体がウザ絡みを求めていたため、オレの事業は大成功した(一緒に勢いで始めた『ピヲ教育』事業の方は、大きくスベッたけどな)。
オレの事業はすぐにメディアにも取り上げられるようになった。
オレは全国の至るところに出向き熱く、そしてウザく語った。
「皆さん、諦めないでください! ウザ絡みは持って生まれた才能なんかではありません! 努力次第で、あなたのお子さんも……いえ、あなた自身も必ずや周りを辟易させる立派な『ウザ絡み』ができるようになるのです! ウザくなるのに遅過ぎるなんてことは、絶対にないのです! 誰からも好かれるあなた、そしてあなたのお子さんをウザくできるものなのか? 我々なら、それができます! 大事なことを1回だけ言いますよ! それは……ウザくなるのに……遅過ぎるなんてことは……ないということ! いいですか? 大事なことをもう1回だけ言いますよ! それは……ウザくなるのに……遅過ぎるなんてことは……ないということ! いいですか? 大事なことをもう1回だけ言いますよ! それは……ウザくなるのに……遅過ぎるなんてことは……ないということ! 大事なことをもう1回だけ言いますよ! それは……ウザくなるのに……遅過ぎるなんてことは……ないということ! 大事なことをもう1回だけ……」
オレはウザ絡み系の本も何冊も出し、数々の討論番組やバラエティー番組なんかにも出た。
自称『ウザ絡み自慢』ヲ名乗る奴らが大勢いて、テレビやウザ絡み系企画なんかでは、色んな奴らがオレに挑んできたが、どいつもこいつもオレの敵ではなかった。
「絡みがこの上なくウザく、必ず相手を辟易とさせ、不快な気分にさせる」という点で、オレに敵う奴はいなかった。
オレが独自のノウハウで認定基準を練りに練った『ウザ絡み検定』の1級は、今や世界中の大手グローバル企業や教育機関でも重宝される高いステータスを誇る。
※※※※※
オレは莫大な資産を築き、メディアにも取り上げられるようになった。
政財界の重要人物たちとのコネクションも多くできたし、女にも事欠かなくなり、次から次へと色んな性格の良い美人と付き合ったりもした。
ただ……周りの人間も、オレに言い寄ってくる女たちも、所詮はオレの本質ではなく、ましてやオレの経済力でもなく……みんなオレの「ウザ絡み」が目的だと知るようになって、オレはだんだんと人間関係や恋愛にも冷め、世捨て人みたいになった。
意外だろ?
人は「ウザ絡み」だけでは、決して幸せになれないんだ。
オレは有り余るほどの資産で郊外に一軒家を建て、いつしか「ウザ絡み」も忘れ、孤独な隠居生活を始めた。
もう知ってると思うけど、オレは昨年、大病を患い、生死の境を彷徨った。
何とか一命をとりとめたが、そのときだったな。
オレは余生を自分だけのために生きるのはやめ、自分の「ウザ絡み」を他者のため、広くは社会のために役立てようと決意したんだ。
もはやオレがこの世に貢献できることと言えば「ウザ絡み」くらいだ。
「ウザ絡み」はオレの唯一の長所とも言えるし……オレの生き様……人生そのものだとも思っているんだ。
そう、死の渕から舞い戻ったオレは悟ったんだ!
オレの人生そのものが正に「ウザ絡み」なんだ!
※※※※※
「皆さん! 私はまず最初に皆さんを大いに失望させることを言わなくてはなりません! 私は皆さんがこれまで目にしてきたあらゆる政治家の中で最も政治的手腕のない男であります! 皆さんは、私が皆さんの想像以上に政治のことなどおよそ何も分かっていないことを実に短期間のウチに知ることとなるでしょうし、皆さんの方がむしろ私よりも政治にお詳しいと言うことにも気付かれることでしょう! そればかりか、私は社会人としての最低限の常識すら持ち合わせておらず、その上、変態です! そう、私は変態なのです! 変態を自認するだけあって、私は品性も卑しく、私が当選した暁には、半年も経過しない内に、必ずや胸の悪くなるようなスキャンダルを起こすであろうことをここに公言します! そして、1年も経つ頃には、私1人のせいで、我が国自体が周りの全ての国、他の全ての星から総スカンを喰らい、皆さんは我が国がかつて体験したことのない絶望の淵に追い込まれ、そのまま深い海の底に沈んでゆくかのような地獄絵図を目にすることとなるかもしれません…………。…………ただ1つだけ! 1つだけ……私が皆さまに約束できることがあります! いいですか、皆さん! よく聞いてください! これだけは言えます! 私は……」
コホン!
私は~っ!
この命尽きるまで~っ!
いや、命尽きても~っ!
草場の陰から~っ!
未来永劫~!
皆さまに対する~!
ウザ絡みをやめることはないだろう~!
………………。
一瞬の静寂……そして……
ウォ~ッ!!!!!!!!!!!!!!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏
その場に居合わせた大観衆から大地が割れんばかりの歓声が湧き上がり、盛大な拍手がいつまでも鳴り止まなかった。
興奮した大観衆の足踏みが地鳴りのように響き渡り、その日、広場は一時的に『震度3』を計測した。
上に挙げたオレのスピーチは、『今世紀最高の大統領選挙スピーチ』に選ばれ、そして、見ての通り、オレは見事にこの世界の大統領になったってわけさ。
あっ、いけね。
喋り過ぎたか。
世の中にはオレのウザ絡みを必要とする人間が、まだまだ大勢いる。
っていうのが、オレの話。
アンタの住む世界では信じられないかもしれないけどな。
へへへ。
続きもあるんだ。
聞きたいか? なあ聞きたいか?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?
なあなあ?