【身の毛も羽毛もよだつショートホラー】口裂け過ぎ女
(1,455文字)
季節は冬、3連休後の憂鬱な火曜日の夜、時刻は午後11時43分と54秒のタイミングで、アルバイト先から自宅に戻る立希(たつき)は背後に足音を聞いた。
コツコツコツコツ…………。
ひっそりと静まり返った住宅街、その足音の主を除き、周囲には人影もない。
思わず立ち止まり、何気なく振り返った立希の目に映ったのは、茶色のロングコートに身を纏い、黒のロングヘア―、口をマスクで覆った長身の女。
女は、立希の目の前まで来るとパタリと止まり、おもむろに「私……綺麗でしょ?」と、実に自意識過剰な台詞を吐いたかと思うと、そろそろとマスクを外した。
そして、そのマスクの下から現れた女の顔を見て、立希はあまりの衝撃に「うぅ……うわぁ~!」と悲鳴を上げた。
驚くことに、女の口は、耳元まで届かんばかりにパックリと裂けていたのである。
気絶しそうなまでに震え上がる立希に対し、女は言った。
「……こんな私でも……?」
そして、より一層裂けた口を強調するかの如く、大きくニヤリと笑った。
すると……。
ベリベリベリベリッ!
女の口はますます裂けてゆき、ついに唇の両端は女のこめかみにまで達した。
「ひっ……ひぃやぁ~!」
立希は、こめかみにまでパックリと裂けた女の口に捕らえられたかのように、すっかり動けなくなり、さっきより大きく悲鳴を上げた。
そんな立希に対し、女は容赦なく続けた。
「……こんな私でも……?」
そして、こめかみまで裂けた口を強調するかの如く、さらに大きくニヤリと笑った。
そもそも「綺麗」とも何とも言ったわけでもないのに、「こんな私でも?」と立て続けに凄まれるというのは、しごく理不尽な状況とも言えたが、そんなことに不満を感じる余裕もない憐れな立希は、その場に気絶せんばかりである。
すると……。
ベリベリベリベリベリベリッ!
女の口の裂け目はますます広がり、こめかみから伸びに伸びて後頭部に達した。
そして、最終的には裂けた唇の右端と左端の先端同士が、女の後頭部で繋がった。
……数秒後……。
ギリギリギリギリギリギリギリギリ……。
女の頭部の内側から何かが軋むような音がした……。
次の瞬間?!
パカッ!
何と、後頭部で一周した唇の裂け目がちょうど鋭利なカッターのような切れ味を発揮し、裂け目の先端が女の頭部にめりこんだ後、頭部の上半分が水平に輪切りにされてしまった!
カラコロカラカラ~ン!
輪切りにされた女の頭の上半分は、地面に落下し、意外なほどに乾いた金属音を夜の闇に響かせた……。
頭の上半分に残された女の目は、現実を受け入れることを拒むかの如く、戸惑いの視線で立希を見上げていた……。
女の顔の下半分から全身にかけては、その後ピクリとも動かなくなったが、不思議なまでのバランスを保ち、転倒することもなく、両足でしっかりと元の場所に立ち続けていた。
……立希は命拾いした安堵感、そして若干拍子抜けした気分とともに自宅に逃げ帰った。
翌日の早朝、道路の真ん中に仁王立ちする「女の顔の下半分から全身」は、早起きのお爺さんを大そう驚かせ、数人の野次馬に散々気味悪がられた挙句、保健所の係員たちによって回収された。
「輪切りにされた女の頭部の上半分」も同様に回収されたが、端の方に若干、野良犬によって食い散らかされた跡があった。
……このエピソードは、「何事においても、過剰なアピールはときに身を滅ぼす」という教訓を立希にもたらした。
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回収される直前、「女の顔の下半分」に残された下唇は、何だかとても不満そうだった。