[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第7話
前回の話(第6話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
会社帰りの八鳥を自宅マンション付近で待ち構える1人の怪しげな男。
遅井 隼(おそい はやぶさ)と名乗る男の正体は、『週刊 ライアーバード』の記者とのことであった。
「読みましたよ。私も。あの『質問募集記事』。あれ、いいですね。バズったのもわかるわー」
遅井は、八鳥がSNS『ピーチク・パーチク』で投稿した『質問募集記事』に触れた。
どうやらピチカーの八鳥六郎が取材対象のようだ。
※※※※※
「あの……例の騒ぎの件、何かご存知なんですか? あれはいったい何が起こっているんでしょうか?」
八鳥は、ざわつく胸の内を相手に悟られないよう、努めて冷静を装いながら尋ねた。
ここは閑静な住宅街。
サラリーマンの退勤時間と重なる今の時間帯も、周囲の人通りはまばらである。
「いいですね。その質問っぷり。やっぱり、思ったとおりだ。質問されるより、質問する方がお似合いですよ」
遅井はニヤニヤ笑いながら言った。
八鳥は、遅井のニヤけた様子や質問をはぐらかすような態度を見て、仮に遅井が自分に対して有用な情報を持っていたとして、それを易々と教えてはくれないようにも感じた。
だが、自宅を知られている以上、あまり邪険に扱って無駄に恨みを買うのも気持ちが悪いと思った。
「先ほどもお聞きしましたが、週刊誌の記者さんが私にいったい何のようでしょう? 何が聞きたいんですか?」
遅井はニヤニヤ笑いを崩さず、八鳥の目を見て言った。
「いや、八鳥さん……ないんですよ……全くないんです、アナタに……質問……」
……?
気味の悪い男だ。
八鳥は遅井を怒鳴り付けて、そのまま自宅マンションに向かいたい気持ちになったが、この男に今後もたびたび近所をうろつかれて待ち伏せされても困ると思い直した。
この男……クチャクチャと行儀悪くガムでも噛んでいるのか。
八鳥は、まるでチンピラのような遅井の態度に対し、改めて不快感を覚えずにはいられなかった。
「アナタもお1つ如何ですかなんて、野暮な質問はしませんよ。へへへ。どうぞ、これ最近嵌まってて……『ねぎま味キャラメル』。なかなかイケますよ」
そう言って、遅井は懐からキャラメルの箱を取り出し、その中の1粒を八鳥に勧めた。
「結構です!」
八鳥は、近所の手前、あまり大きな声になり過ぎないように注意しながら、それでいて毅然と断った。
この男は人をおちょくっているのか。
ジンギスカン味のキャラメルというのは聞いたことがあるが……いずれにせよ、こんな不気味な男から得体の知らないものを受け取る気などさらさらない。
フリーのライターならまだしも……後でコイツが務める出版社にクレームの電話でも入れてやろうか。
「今や、人気急上昇中の八鳥さんだ。『何か質問はありますか?』の次は、『何か質問させてもらえませんか?』の記事書いたら、またバズるかもしれませんよ」
「用がないようだったら、私はこれで失礼します」
八鳥はモヤモヤした気持ちを抱えながらも、自宅マンションに向かって歩き始めた。
遅井が後ろから話しかける。
「八鳥さん、何かあったら、いつでも電話くださいよ」
八鳥は、すでに遅井の相手をするのにもうんざりしていた。
しかし、どうにかして、自分が何も有用な情報を持っていないと遅井に納得させることはできないものか。
そのような思いに駆られ、八鳥はまたもや振り返って言った。
「何かあったら? 何かって……何ですか? アナタが勝手に押し掛けてきたんでしょう。こんな自宅付近まで……」
八鳥は再度、遅井のニヤニヤ笑いと対面するかたちとなり、いよいよ怒鳴り付けてやりたい気持ちを抑えるのに難儀した。
遅井は八鳥の質問には答えず、若干厳かなトーンで言った。
「ところで、『ピーチク・パーチク』を運営してるハミング・イケメソ・コーポレーション、買収される計画があるみたいですね。今晩の『こんな時間にあーでもない!』のテーマとして取り上げられるみたいですよ」
『こんな時間にあーでもない!』は深夜に生放送されるテレビの討論番組であり、八鳥も知っていた。
同番組は不定期で放送され、毎回、旬な話題をテーマに選び、個性的なパネリストたちに討論させるという人気の長寿番組である。
最近は精神的に疲弊しており、ろくにニュースも追っかけていなかったが、あのような人気の討論番組が取り上げるほど、『ピーチク・パーチク』は世間の注目を集めているのだろうか?
それとも、水面下で何か別の問題が白鳥の足のように動き始めているのか……ところで、白鳥の足って本当に水面下で必死に動いているんだったっけ?
先ほどから頭が混乱する情報ばかりがインプットされ、八鳥はついつい余計なことを考え始めてしまったが、遅井の声によって現実に引き戻された。
「さっきから自分で自分に質問しているようで。『質問されないから、自分に質問してみた!』なんて記事もウケるかもしれませんよ」
八鳥は今度こそ、自宅に帰る決意をした。
「とりあえず、何もないようであれば、私はこれで」
「あっ、八鳥さん、ちょっと待って。もう1箱、新品のがあるんですよ」
そう言って、遅井は懐からペンと新たな『ねぎま味キャラメル』を取り出した。
そして、キャラメルの箱の上に何かを書き込んだ。
「まあ、私もこれからそこそこ名前が売れるかもしれませんので。お近付きの印にどうぞ」
八鳥は、遅井が差し出すキャラメル箱を覗き込むと、何やら判別不能な文字の横に不格好な鳥のマークが書かれていた。
「私のサイン入りです。ハヤブサマークと一緒にね。お守り代わりにどうぞ。あー、別に食べても結構ですけど、捨てると呪われますから。へへへ」
八鳥はキャラメルを受け取らず、自宅マンションへと歩き始めた。
「へへへ、八鳥さん。ご遠慮なさらずに」
遅井は背後から近付き、八鳥が左手に持っていたコンビニ袋にキャラメルをサッと入れた。
八鳥はアッと思ったが、キャラメルの受け渡しで、遅井とこれ以上の問答を続けたくもなかったので、無視して歩き続けた。
後ろからなおも話しかける遅井の声が聞こえたが、八鳥は無視してマンションに向かった。
「八鳥さん! ホラ、『ハヤブサも ハチドリも 母は違えど ハは同じ』って言うじゃないですか、昔から。実のところね……何でもいいんですよ……何か思い出したことがあったら……ね!」
遅井は八鳥の背中に、ドラマの中の刑事のようなセリフを吐いた。
「ハヤブサも~♪ ハチドリも~♪ 母は違えど~ 親父は一緒~っと♬……」
去って行く八鳥の耳に遅井の歌声が微かに聴こえてくる。
やれやれ。
こんなことが続くようであれば、警察にでも相談しよう。
……ただテレビドラマでも、この手の週刊誌の記者がたまに出て来るが、奴らもスクープを手に入れるためであれば、蛇のようにしつこく付きまとうイメージがある。
警察に言って、問題がどの程度解決するものか。
……いや、スクープ? スクープって、いったい何だ? 俺が何をしたというんだ?
八鳥は混乱した頭を抱えながら、自宅マンションに入って行った。
コンビニで温めてもらった彼の弁当は、とうに冷めていた。
(つづく)