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【対話体小説】『幻想的な星から』

「…ですから、私の作った幻想的な話など誰も興味がないのです。ねえ、あなた、どうか聞いていただけませんか?」
「まあ、そこまで言うのなら。ただし、幻想的というくらいですから、私が意味を理解できないくらいには荒唐無稽でないと困りますよ」
「チャンスをいただき、ありがとうございます。では、試してみます」
「いいでしょう。どうぞ」
「先週の金曜日の夜、絵本教室からの帰り道のことでした。青い空を見上げると、ペンギンのパレードが木管楽器の音色に合わせて踊っているのが見えたのです。彼らのリーダーは、真っ赤なカチューシャを付けたシャチで、シャチは寿命の無いベニクラゲ(Turritopsis Dohrnii)とチェスをしながら魔法の絨毯に乗っています」
「ちょっと待ってください。あなたの言っていることは、十分に意味が分かります」
「なるほど。私の試みがまだまだでしたね。もう一度挑戦してみます」
「いいでしょう。どうぞ」
「地上ではトースターの中でダンスパーティーが開かれていて、バターの妖精たちがクロックムッシュに滑り込んでいます。一方、見上げた夜空には、ブロッコリーの大群が虹色のユニコーンと一緒にヴァイオリン協奏曲を演奏していまして…」
「バターの妖精がクロックムッシュに滑り込むなんて、意味が分かり過ぎます。それなら、ホラガイを笑わせるのが得意なレッサーパンダの消防士の頭の上に崖からミニトロールが滑り落ちて来て、とてもとても美味しいアップルパイになってしまった話の方が、まだ意味が分かりません」
「お見事! それは虎が回ってバターになってしまった話のように本当に幻想的でユニークですね。レッサーパンダの消防士とホラガイ、それにミニトロールとアップルパイ……まるで御伽噺のようです。それでは、もう1つ試してみましょう。眠り鼠(🐭チュウチュウ…zzz)の女王様が、巨大なシュークリーム城の中でクリスマスツリーに飾り付けをしていると、空飛ぶラザーニャ・モンスターが現れて、チーズの雨を降らせ始めました。その結果、すべての住人がマカロニに変わり、メリーゴーランドがピーナッツバターで覆われてしまいました」
「住人がマカロニになったとは思いません。それは住人ではなく、ナプキンなりフォークだったのでしょう。メリーゴーランドは、住人という名の『主食』だったので、実はピーナッツバターなりマーマレードなりが塗られるのは、ほぼ毎日のことなのです。ですから、それは先ほどの2つの話より、よっぽど意味が分かります」
「なるほど、そうだったのですね! 『主食』のメリーゴーランドがピーナッツバターで覆われていたとは、まるで御伽噺のようです。ナプキンとチーズたちが日常的に……」
「ナプキンとフォークです!」
「…いや、失礼! ナプキンとフォークたちが日常的にピーナッツバターやマーマレードで楽しんでいるメリーゴーランドを……」
「いえ、メリーゴーランドは覆われている方ですよ! 『主食』なわけですからね! あなたの言うところの住人が、むしろナプキンとフォークということです」
「そう、覆われている! …ナプキンとフォークたちが日常的にピーナッツバターやマーマレードで覆われている『住人』と呼ばれる『主食』であるメリーゴーランドを楽しんでいる…ですよね?」
「私が言いたかったのは、そのとおりです」
「…楽しんでいる光景を想像すると、何だかワクワクします。それでは、もう1つ幻想的な話を。砂糖の惑星では、雲が綿菓子でできていて、風が吹くたびに甘い香りが漂います。その惑星の住人であるジェリービーンズの妖精たちは、カラフルなキャンディの木を育てていて、夜になると星空の下でマシュマロのダンスパーティーを開くのが日課です」
「あなた…それは、いくら何でもひどい! それは既に前提がずれていますよ! ジェリービーンズが星空の下でマシュマロのダンスパーティーを開くのではなく、まるでマシュマロのような星空がジェリービーンズのようなダンスを踊ったことから『パーティー』という言葉が生まれたのです」
「それは、…何とも素敵な解釈です! 星空がマシュマロのようにダンスを踊る…」
「…いえ、ですから…」
「…そう! ジェリービーンズのように踊る…」
「ジェリービーンズのようなダンスを踊る!」
「はい、言い直しますね。まるでマシュマロのような星空がジェリービーンズのようなダンスを踊る! その光景を想像すると、まるで御伽噺のようです! そして、そんな幻想的な景色から『パーティー』という言葉が生まれたとは、何ともロマンチックです。私も『パーティー』は、そんな場面からしか生まれないと思いますよ! いや、実にロマンチックです」
「それしきの景色を幻想的と言うのであれば、確かにロマンチックということにもなるのかもしれませんが、それは私に言わせれば、宇宙に広がる淡いパープル色したクジラの腸の中いっぱいに三角頭をした『キラキラ涙』のフラミンゴの飲み切れないカフェ・オ・レが切れ間なく流れこむさまより幾分情緒さに欠けるくらいなものであり、それでもシャイなロボットばかりが住む太陽系より少し小さな惑星系を持つ銀河が1つ滅びるほどのインパクトには相違ありません」
「何て退廃的で素晴らしい風景でしょう! まるでお伽話のようです! 淡いパープルのクジラの腸の中にキラキラ涙のフラミンゴがカフェ・オ・レに包まれる…」
「…いえ、キラキラ涙のフラミンゴの飲み切れないカフェ・オ・レが淡いパープルのクジラの腸に包まれると言ったのです」
「キラキラ涙のフラミンゴの飲み切れないカフェ・オ・レが淡いパープルのクジラの腸に包まれる様子と、シャイなロボットばかりが住む銀河の滅び…本当に壮大で、まるで御伽噺のようです! この幻想的で奇妙で美しいイメージの中に、私たちの日常の悩みや問題が小さく感じられるような気がします。私は、この私のちっぽけな頭の中で実に自由に悠々と飛び回っている気分ですよ!」
「勘違いをされていると思うのですが、私自身は幻想的な話なんて、1つもしているつもりはありません。まあ、仮に『御伽噺』が不思議であると思うのであれば、全く話は別ですが…」
「ねえ、あなた。あなたは、いったいどこから来たのですか?」
「幻想的な星からです」
「あなたのお名前は?」
「私の名前は…幻想的な星の『御伽噺』から出てきた…」
「『御伽噺』から出てきたあなたのお名前は…」
「『御伽噺』から出てきた私の名前は…」

(完)

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