
【ピヲピヲ文庫連載ミステリー】『7組のクセツヨな招待客』~第12話~
『夢鳥の幽館』の主、鳥尾吊士(とりお つるし)は、召使の言葉を引き継いで続けた。
「本日のために色々な食材を豊富に取り揃え、それらは貯蔵室に保管してあります。どうぞ、好きなものを使ってください。今からご一緒に貯蔵室までまいりましょう。ただ、、、年齢のせいですかな、私は足を痛めてしまい、本日は皆さまをヤキモキさせることが多々あるかもしれませんが、その点はなにとぞご容赦ください」。
鳥尾は、ステッキを杖代わりにして、足を庇うようにして歩きながら、召使とともに招待客一同を食材の貯蔵室に先導した。
招待客たちが貯蔵室に向かう途中、梓がナオミに小声で尋ねた。
「ねえ、さっきの自己紹介のとき、どうして鳥尾さんに例の『作家』のこと聞かなかったの?」
すると、ナオミが思案顔で答えた。「うん、そのことなんだけどね。もしかしたら、全員の招待状に書いてある内容、、、それぞれ少しずつ違うのかもと思って」
「え? みんな同じ内容の招待状を受け取ったんじゃないってこと?」
「ええ。ただそう感じるっていうだけだけど。だって、覚えてる? 剛さんと真由美さん夫妻が喋ってたとき、『成功を本にする』とか何とか言ってたじゃない? あんなこと、私たちの招待状に書いてないわよ」
「あ! 確かにそんなこと言ってたね。。。」。梓の顔もナオミと同じように、考え込むような表情に変わっていった。
「でも、招待状に書いてあったよね? あの作家がパーティーに来るって。私、てっきり招待客の1人かと思ったんだけど」
「私もそう思った。あの作家と直接会ってインタビューするためにパーティーに参加したようなものなのに、どうなってるのよいったい!」とナオミが小声ながらも一瞬、不機嫌な様子を見せたが、「でも、状況がよく分からないし、作家もパーティーに来ていないし、さっきの場では何となく言い出せなかった……というか、まだ言わない方がいいんじゃないかって思ったんだ……」とつぶやいた。
すると、梓も「そうか、じゃあいったん他の人たちには、あの作家のことは伏せておこう。……でも、私もあの作家のファンなのに、何でいないんだろう」と不満そうな表情で言った。
鳥尾の指示に従い、一列になって進む彼らの目の前に、大きな貯蔵室の扉が現れた。
扉が開かれると、中には棚やガラス張りの冷蔵庫に夥しい数の食材が整然と並んでいるのが見えた。野菜や果物、肉や魚、そして様々な調味料が所狭しと並び、まるで食材の宝庫のようだった。その光景に、一同はこの洋館の主の経済力に改めて感心した。そして、豊富な食材が、何人かの創造力をさらにかき立て、招待客の一部は料理対決に向けて頭の中でシミュレーションを始めた。
「さて、皆さん。次はキッチンをご案内します。先ほどの貯蔵室とは隣同士になっていますから、お料理中に足りない食材があることに気付いた場合は、どんどん出入りして、好きなだけ食材を調理場に運んで使っていただいて結構です」。
鳥尾の言葉に従い、一同はぐるりと貯蔵室内の食材を見て周りながら、何人かの招待客は早くもいくつかの食材を手に取り、隣接するキッチンへと向かった。
扉の向こうには、広々としたキッチンが広がっていた。壁一面に並ぶ豪華な調理器具や調味料、最新の設備が揃っており、まるで高級レストランの厨房のようだった。大理石のカウンターや、銅製の鍋が美しく光り輝き、キッチン全体が贅沢な雰囲気に包まれていた。
一同はその壮大な光景に再び驚きを隠せなかった。武は周囲を見渡しながら、「すごい、まるでプロの料理人たちのキッチンみたいだ」と呟いた。
スミレも目を輝かせて、「こんな素晴らしいキッチンで料理できるなんて楽しみね」と喜びを表していた。
鳥尾は微笑みながら一同に向かって、「どうぞ、この広いキッチンで好きな調理場を使っていただき、思う存分料理を楽しんでください。そして、皆さんの力を存分に発揮してください。では、間もなく料理対決を開始いたしますが、制限時間は60分といたします。それぞれのチームでじっくりと作戦を練っていただいても構いませんし、早速料理に取り掛かっていただいても結構。60分の使い方は、皆さんにお任せいたします」と告げた。
招待客たちは、それぞれのチームごとに調理場を確保し、料理対決に向けて準備を整え始めた。
招待客たちの準備が整ったことを確認すると、鳥尾はキッチン全体に聞こえるように、先程よりも大きく声を張り上げた。
「では、皆さん、これよりチーム対抗の料理対決を開始します! 制限時間は90分! ちょうど、私の右手に掛けてある……」と言って、鳥尾はキッチンの壁に掛けられた木製の時計に一同の注目を集め、「……こちらの時計で、17時15分までとします!」
招待客たちが、壁の時計を見た後、また全員が鳥尾に視線を戻すのを確認し、鳥尾がいよいよ料理対決の開始を宣言した。
「では、チーム対抗料理対決、これよりスタート!」
※※※※※
鳥尾の号令に従い、それぞれの調理場で各チームが慌ただしく動き始め、キッチンは招待客たちの声と調理器具がぶつかり合う音で溢れ返った。
武は頭の中で慎重にレシピを反芻しながら食材を細かく刻み始めた。彼の真面目さと几帳面さが際立ち、ミヤビは明るく元気に武をサポートしながら、手際良く調理を進める。
剛は冷静に鍋をかき混ぜながら、料理の手順を真由美に説明していた。時折、軽くたしなめるコメントも飛び出すが、その手際は見事で、真由美も笑顔で剛をサポートしていた。真由美は剛の指示に従い、丁寧に食材を準備している。彼女の優しさと思いやりが感じられた。
スミレは自信満々に調理を進めており、リナ、ナオミ、梓に細かい指示を出しながら一緒に料理を楽しんでいる。リナは姉のスミレをサポートしながら、彼女のセンスに感嘆していた。ナオミは慣れない手つきで食材を切りながらも、梓とともにスミレとリナ姉妹をサポートしている。梓も料理には自信がなかったが、4人で協力し合いながら楽しい時間を過ごしていた。
健太は明の指示に従い、少し不安げな表情を見せながらも一生懸命に食材を準備していた。明は料理の手際が良く、たまに健太をサポートしながら自信満々に調理を進めていた。
立己は、まるで舞台の上で演技をしているかのような真剣な表情で鍋をかき混ぜている。その横で、麗子は冷静且つ的確なアドバイスを立己に送り、自分はと言えば、そのクールな面持ちからは意外なほどの手際の良さで効率よく野菜を刻んでいる。
豪華でやや怪しげな洋館で、それぞれ異なる個性を持つ招待客たちが腕を振るい、キッチンは活気に満ち溢れていた。徐々に食欲をそそる料理の香りがキッチン内に漂い始め、ところどころで招待客たちの驚きや笑い声が交錯する。
だが、そのとき……。
……屋敷の黒猫が、開け放たれていたキッチンの裏口の隙間から姿を現した……。
黒猫の存在に一番最初に気付いたのはリナだった。
そのキラリと光る瞳と目が合うと、彼女は一瞬息を飲んだ。
黒猫の登場とともに……このキッチンに不思議な出来事が起こる予感がしたのだ……。