【脚本】『イン・ア・センチメンタル・ムード (In a Sentimental Mood)』(2)
【第ニ幕】
(リカとケンジはレジを挟み、リカが優しく微笑みながらバラを包んでいる)
リカ:「それでは、このバラを特別なラッピングでお包みしますね! メッセージカードも無料でお付けしていますが(レジ台の下からカードを取り出す)」
ケンジ:「ありがとうございます。では、せっかくですから」
(ケンジがリカからカードとペンを受け取り、レジ台の上でカードに書き込む。リカはその間、クリップ留めされた書類を見ている)
ケンジ:「メッセージ書きましたので、お願いします」
(リカがケンジから受け取ったカードをちらりと見る)
リカ:「あら、お客さん、ケンジさんって仰るんですね! 私の父と同じ名前! 何かのご縁かもしれませんね」
(リカとケンジが顔を見つめ合って笑い合う)
リカ:「(花にメッセージカードを挟み、花を包みながら)元気を運ぶ花となりますように!」
ケンジ:「あっ、そうだ。このバラの名前、何だか長いんですね。もう忘れちゃって」
リカ:「(笑顔でゆっくりと)『イン・ア・センチメンタル・ムード』ですよ」
ケンジ:「インアセンチメンタルムード、、、何だかロマンチックな名前ですね。祖母も元気になってくれるといいな、、、あっ、すみません。何だかボク、自分の家庭のことをいつまでも」
リカ:「いえ、とんでもない。、、、あの、差し出がましいようですが、先ほど、、、お婆さまの入院が長引かれてるとか、、」
ケンジ:「あっ、ああ、ボク、そんなことまで言ってたんですね」
リカ:「実は、私もよく祖母の健康を心配しているんです。どんな状況でも、家族のためにできることをしたいという気持ち、本当に大切だと思います。お婆さまが元気になられること、心から願っていますね」
(リカが包んだバラを優しくケンジに渡す)
ケンジ:「お婆さま、、、体のどこかが具体的にお悪いとか?」
リカ:「ええ、実は少し前に祖母が体調を崩してしまって、、、幸いなことに今は少しずつ元気を取り戻しているんですけどね。それでも、やっぱり心配で、健康には気を遣っているんです」
(リカが優しく微笑みながら、ケンジに語り掛ける)
リカ:「ケンジさんのお婆さまも、一日も早く元気になってくれるといいですね。家族の健康が何よりも大切ですから!」
ケンジ:「(再び塞ぎ込んだ表情になり)ボクの祖母は、、、もうダメかもしれないんです。あっ、いや、ボクがこんな弱気になっちゃ、それこそ治るものも治らなくなっちゃいますよね」
リカ:「ケンジさんのお気持ち、分かります。時々、弱気になるのは自然なことです。でも、お婆さまのためにできる限りのことをしているケンジさんの気持ちは、きっとお婆さまにも伝わっていますよ」
ケンジ:「実はボク、早くに父を亡くして、母はボクが子供の頃に家を出て行っちゃったし、1人っ子で祖父母に育てられたようなものなんです。だから祖母と言っても、実際は母親のようなもので。ボクが子供の頃は、親代わりですから、それは厳しかった。そして、、、とても元気でした、、、」
リカ:「それは、ケンジさんも、ケンジさんのお婆さま、お爺さまもたいへんだったと思います。お婆さまが母親のように大切な存在であったこと、どんなにケンジさんを大切に思い、愛し、育ててきたかが分かるようです」
ケンジ:「子供の頃は、とてもおっかない祖母で、ボクが学校で悪さして帰って来ると、正座させられて延々と説教されたものです。その頃は何だか憎たらしくて、祖母なんか嫌いだなんて思ったこともありましたっけ。それが、、、あんなにも弱ってしまうなんて。病院のベッドからもろくに起き上がらず、鼻に管なんか通されて、日に日に死を待つような諦めきった顔、、、あ、何だかやめようと思えば思うほど、ベラベラと話し込んでしまって。あれ? (リカの胸あたりに付けられた名札を指差し)店員さんの名札、『リカ(*漢字は「利花」)』さんって仰るんですね?」
リカ:「そうです。花を利用すると書いてリカと読みます。少し珍しい字かもしれません」
(リカが微笑んで名札を指す)
リカ:「でも、ケンジさんの愛と支えが、お婆さまの力になると思いますよ。(少し間を置いて)私の祖母も、いっときは随分とたいへんでしたけど、家族の支えがあって、少しずつ前向きになったみたいで」
ケンジ:「リカさんのお婆さんが元気になってきているのは、やっぱり花のお陰かな? 何て」
(リカとケンジ、顔を見合わせて笑う)
リカ:「(真顔になって)そうかもしれませんね。花には、、、花には不思議な力がありますから。。。」
【※ 作中の『イン・ア・センチメンタル・ムード』は、バラ育種家の河合伸志さまが作出されたバラです。内容を一部修正しました。海外発祥のバラと勘違いしており、申し訳ありませんでした】
「【脚本】『イン・ア・センチメンタル・ムード (In a Sentimental Mood)』(3)」につづく。