[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第13話
前回の話(第12話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
留置場から出て来た八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、自分を取り巻く問題の元凶が、テキストコンテンツ配信用プラットフォーム『ピーチク・パーチク』のせいだと思えて仕方がなかった。
自分がいったい何をしたというのか?
『ピーチク・パーチク』で例の「質問募集記事」を投稿して以来、奇妙な出来事に悩まされ続けてきた八鳥が、絶えず自分自身に問うてきた「どうして?」の文字が再び彼の頭をグルグルと周り始めたそのとき……。
「八鳥さん!」
咄嗟に彼を呼ぶ声がして、八鳥は振り向いた。
※※※※※
そこに立っていたのは、前に『週刊ライアーバード』の記者として八鳥に執拗に付き纏った遅井隼(おそい はやぶさ)であった。
「八鳥さんのお陰で私も特ダネが取れまして、独立することになりました」
自分のお陰で特ダネ……? まさか、こいつがオレの自宅の住所をメディア各社に売ったのか?
八鳥は些か訝しんだが、今日は遅井とやり合う気力も体力も残っておらず、今はただひたすら横になりたかった。
「八鳥さん……アレ……大切にしてくれてますか……という『質問』は抜きにして……いや、もう啄(ついば)んじゃったかな……」
その意味不明な独り言に対し、八鳥が言葉を発する前に、遅井が続けた。
「ハヤブサマーク入りのアレですよ! 『ねぎま味キャラメル』! アレがきっと八鳥さんを守ってくれると思うんですけどねえ……エヘヘ」。
「八鳥さん、これも何かのご縁。何かあったら、いつでご連絡くださいよ」
遅井は前回と全く同じことを言いながら、八鳥に名刺を差し出した。
八鳥は、何気なく名刺を覗き込んだ。
『フリーライター
遅井 隼(おそい はやぶさ)』
ここで遅井と揉み合って、また警察沙汰にでもなるのもご免だ。
八鳥はさっと名刺を受け取ってポケットに入れ、遅井の脇をすり抜けた。
「ハヤブサ、ハチドリ、ハトポッポ~♪ 串に刺さって3兄弟~♬」
背後から遅井の歌声が聞こえたが、八鳥は無視して足早にその場を立ち去った。
※※※※※
八鳥が警察の留置場から釈放され、約3週間が経過した。
八鳥はメディアに追いかけられたあの日以来、怖くて自宅には戻らず、俗世間から離れるようにビジネスホテル住まいをしていた。
食べ物や身の回りの消耗品は近くのコンビニで仕入れ、不要な外出は極力避けた。
そして、外出する際は顔を隠すため、警察署からの帰りに適当に買った帽子を目深にかぶり、マスクを付けて行動した。
八鳥は、例のメディアに追いかけ回された事件の直前、直属の上司であるハゲタカ(本名は「羽毛田勝男(うもうだ かつお)」に欠勤の電話をしたのを最後に、会社には行っていなかった。
ハゲタカからは「ムリをせず、有休も全部使って休んでいいから」と言われていた。
一度だけ、病状が悪化した旨の仮病(あながち仮病とも言い難かったが)を会社に伝え、あわせて休職願いをしようと思い、勤務先の『クロサギバンク株式会社』に電話した。
ハゲタカはオフィスにおらず、同じ部署の若手社員である駒鳥市 舞(こまどりし まい)が電話に出た。
舞は、ハゲタカに伝言を伝えておくことを八鳥に約束した。
そして、電話を切ろうとする八鳥に1つ気になることを言った。
八鳥が会社を休み始めたのとほぼ同じタイミングで、彼の同僚である有井馬亜人(ありい ばあと)も急に会社に来なくなったらしい。
職場では、八鳥に引き続き、有井も会社に来なくなったため、てんてこ舞いであるらしく、舞は八鳥に「小鳥の羽でも借りたいくらいですよ」と軽いジョークを言い、会話は終わった。
有井が会社に来ない? オレがいなくて、むしろ解放感に浸っているものと思ったが、意外だな……。
八鳥は奇妙な思いに囚われた。
舞に伝言をお願いしたが、八鳥は念のため、ハゲタカの会社のメールアドレス宛てに「体調が良くなるまでお休みをいただけますと幸いです」と簡単なメッセージを送信しておいた。
それ以降、八鳥は会社から支給されたスマートフォンの電源も切っていたため、ハゲタカから何らかの連絡が来たのか定かでないが、こんな状態だとクビになるのも時間の問題だろう。
会社には正式に医師の診断書も提出していない。
八鳥は会社の休職規程の内容もしっかりと把握しておらず、気分が重くなる毎日を過ごしていた。
いつまでもこんな暮らしを続けている訳にはいかないが、これまでそこそこの収入を得てきたし、あまりお金を使わない独身生活であったため、蓄えには些か余裕があるというのが不幸中の幸いであった。
※※※※※
八鳥はホテルの部屋で日がな一日、何をする気力もなくボーッとすることが多かった。
プライベートのスマートフォン用の充電コードを購入したので、ネットサーフィンをすることもあったが、このところ何に対してもさほど興味が湧かず、ゴロゴロとベッドに横になる時間も増えて来た。
ホテルの部屋にはテレビが有ったが、八鳥はテレビを見ることを避けていた。
あの日メディアに追い回され、取り乱した自分の姿がテレビに映し出されるのではないか……といったことを考えると、テレビの電源を入れるのも躊躇われたのだ。
その日も八鳥はホテルの部屋で1人、遅い昼食を済ませた後、ついつい眠り込んでしまった。
そして、目を醒ましたときはすでに夜の7時半を過ぎていた。
八鳥は寝惚けた頭で暫くの間、ボーッと部屋の壁の一点を凝視していたが、その後、部屋の角に設置されたテレビに目を向けた。
いつまでもビクビクしているわけにもいかない……。
八鳥は心を決め、サイドテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。
しかし、その直後にテレビ画面に映し出された報道番組のテロップにより、自分の決断を後悔させられることとなった。
テレビ画面の右上には、途中から番組を見た人にも放送の内容が伝わるよう、茶色とピンク色の2色構成で以下のテロップが表示されていた。
『八鳥に対する質問禁止条例の制定に向けて!』
突然のショックで頭がクラクラしてきた八鳥の頭が何とかキャッチした大まかな内容は、「今や八鳥は非常に危険な存在である。彼に対するあらゆる類の質問を全面的に禁止する旨の条例を、まずは八鳥の主な生活拠点であるC県において制定する必要がある。条例には、違反に対する罰則規定も盛り込む予定である」との考えをC県知事が、先週の記者会見で発表したというものであった。
番組を仕切る男性司会者が、フリップボードを使用し、条例制定までの大まかな時間軸や解決しなければならない幾つかの課題について説明していた。
八鳥はとても見ていられないとチャンネルを変えたが、そこでまたもや目を見開いた。
変えた先のチャンネルでは、人気討論番組の『こんな時間にあーでもない!』が放送中であった。
同番組は毎回、クセのあるパネリストたちを集めて決められた議題について討論させるわけであるが、通常は深夜に放送される。
ただし、社会を大きく賑わせるトピックを議題として取り扱う場合、イレギュラーにゴールデン枠放送とすることもあった。
八鳥も以前『こんな時間にあーでもない!』を何度か見たことがあったが、今日は気分も塞ぎ込み、喧々諤々の議論には集中できそうもなかった。
チャンネルを変えようかと一瞬迷った八鳥は、テレビ画面を見るなり、驚きのあまり、口をあんぐりと開けたまま暫く動けなくなってしまった。
テレビ画面右上に、今度は薄い黒の縁取りを施した白一色のテロップで今回の討論の議題が表示されていた。
『どうする八鳥問題?! 質問されぬ眠った雛にメスを入れる! ピヲピヲ!』
(つづく)