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【ピヲピヲ文庫連載ミステリー】『7組のクセツヨな招待客』~第8話~
カップルたちのパーティー参加動機
武が、恐る恐るパーティーに参加することで得られる「報酬」について尋ねると、『夢鳥の幽館』の主である鳥尾吊士(とりお つるし)は、招待客一同に提案した。
「インセンティブの件ですね! ここまで私の一方的な長話が続いてしまい、皆さまもそろそろストレスが溜まって来た頃と思いますので、ここからは、ぜひ皆さまの方から軽く自己紹介いただくというのはどうでしょう? インセンティブの件も、皆さまの方からご質問があれば、私が何なりとお答えいたします」。
※※※※※
鳥尾はステッキを杖代わりに使いながら大広間に置かれた楕円形のテーブルに近付くと、招待主が通常座るテーブルの端には座らず、出入口を背に横長になった側の中央の席に腰を下ろした。ちょうど左右を招待客たちに挟まれるかたちである。そして、抜け目のない笑顔を浮かべながら、左斜め前に座るカップルに自己紹介を促しつつ、同時に1つの提案をした。
「あ、そうそう。皆さん、今回のパーティーでは、皆さんがお互いに距離を縮めた上でイベントにご参加いただきたいと考えています。また、初対面同士で本名を名乗ることに抵抗がある方もおられるかもしれません。いっそのこと、皆さんはファーストネームで呼び合うというのはどうでしょう? よろしいでしょうかね? では、まずは武さんとミヤビさんから、軽く皆さんに自己紹介をお願いできますかな?」
「何だか、あの人、欧米かぶれしてるのかな?」と梓がこっそりとナオミを突いた。
武とミヤビが立ち上がり、皆に軽く会釈すると、武がミヤビを紹介した。「えーと、ではファーストネームで自己紹介ということですので、、、ボクは武と言います。こっちは、ボクの、、、婚約者のミヤビです」。武は、ミヤビをどう紹介したものか一瞬戸惑い、「婚約者」と言ったあたりで、少し照れ臭そうにした。
「今は、法律事務所でパラリーガルをしており、弁護士を目指しています。あ、ミヤビとも今の事務所で知り合ったんです。そのとき彼女は弁護士秘書をしていたのですが。今日は、普段知り合うことのできない方たちとお会いできる良い機会だと思い、パーティーに参加しています」。その後、武は少し言い淀んだ様子だったが、先を続けた。
「お恥ずかしいんですが、正直に言います。今はロースクールで勉強しながら仕事を続けていて、なかなかお金にも時間にも余裕がないのですが、パーティーのいくつかのイベントで勝利すると賞金が用意されているようなことも招待状に書かれていたので、、、あ、いえ、パーティーにも当然興味はあります。……何だか、まとまらなくなってしまいましたが、ちょっと緊張してます。皆さん、本日はよろしくお願いいたします」と武が話すと、ミヤビも「今は弁護士事務所はやめて、アパレル系のショップで働いています。最初に武さんから話を聞いたときは、ちょっと驚きましたけど、今日は多くの方と交流できるのを楽しみにしています」と簡単に付け加えた。
武とミヤビは、最近お金のことで喧嘩が増えていることは隠し、できるだけ明るく振る舞った。
鳥尾は微笑んで、「武さんはお仕事をしながら、勉学に励む。それは誠に素晴らしいことです。それを支えるミヤビさんも素敵です。お2人の結婚資金を手に入れるために努力する姿勢にも感心しました。ぜひこのパーティーを楽しんでください」と答えた。
武は遠慮気味に「あの、賞金の件なんですけど、、、」と切り出すと、「はい、もちろん。紹介状に記載したとおりです。イベントの達成状況次第とはなりますが、金額の方はご満足いただけるかと思います」と鳥尾が笑顔で答えた。
武は賞金の具体的な額が気になってはいたが、このような豪華な屋敷の主が「満足いただける」と言うほどの額と知って、この場でそれ以上の詮索をすることをあきらめた。
剛が少し冷やかすような調子で「オレたちも若い頃、お金の問題で喧嘩したことよくあったよな。でも2人見てると、何か優しそうで、喧嘩なんかしなさそうだな」と真由美に笑いかけると、真由美も笑いながら「そうでしたっけ? でも、お2人とも、愛があれば乗り越えられるわよ」と少しおどけて武とミヤビを励まし、テーブルには和やかな雰囲気が広がった。
その後、自然とテーブルを時計回りに次のカップルが自己紹介をするという暗黙の了解が出来上がった。
次に、剛と真由美が立ち上がった。「私は剛です。こちらは妻の真由美です。私は不動産業を営んでおり、主に全国各地のオフィスビルディングなんかの商業施設を中心に開発や管理をやっています。招待状には、こちらの主さん、、、鳥尾さんが、私の成功の秘訣にご興味がお有りとのことでしたので、ビジネスパーソン同士、鳥尾さんとも他の皆さんとも交流を深めたいと思い、参加しました」と剛が話すと、真由美も「私は主人を支えてまいりました。主人の功績が本になるかもしれないとのこと、とても光栄に感じています。この機会に、素敵な方々と出会えるのも楽しみにしてきました」と微笑んだ。
鳥尾はうなずきながら、「不動産業の成功、素晴らしいですね。ぜひご自身の成功を皆さまにお伝えいただければと思います」と答えた。
先ほど話しかけられた武とミヤビがそれぞれ「成功の秘訣、ぜひ教えてください」「そうですね、勉強になることが多いかもしれません」と2人に笑顔で声を掛けた。
剛が「そう、真由美が今言いましたけど、招待状に、私の成功を本にしたいとか、、、」
「もちろんでございます。剛さまに限りませんが、本日のパーティーのイベントで優秀なリーダーシップを発揮いただいた皆さまには、その半生を書籍にして大々的にプロモートするようなことも考えていますし、そのような運びとなりましたら、後日、メディアも交えて、ぜひ独占インタビューの機会なども設けさせていただきたく考えています。剛さまのように事業で大きく成功されている方は、有力な候補と考えてはおりますが、なにぶん公平性をもって皆さまを観察させていただく必要がありますので、詳しいことはパーティーの終盤にでもゆっくりとお話しできればと考えています」
剛は、興味深げに頷いた。
次に、スミレとリナが自己紹介を始めた。「私はスミレです。こちらは妹のリナです。私は、食品メーカーで開発担当をしており、パーティーで料理を披露する機会が有ると招待状に書かれていましたので、今日はぜひ、鳥尾さんにも、皆さんにも、自分のセンスを認めてもらいたいと思って楽しみにやってきました」。
リナも「私は大学院で美術の研究をしています。研究の合間にこのパーティーに参加できるのを楽しみにしてきました。自分で言うのも何ですけど、姉とは昔から仲良しで、お互いの夢を応援し合っています。姉に誘われて、2つ返事で今日のパーティー参加を決めました。あと実は、、、招待状の『備考欄』に書かれていたいくつかの『商品』にも、ちょっと心が惹かれて……ですから、姉のサポートのためだけじゃなく、自分のためにも来ました!」と最後に少しふざけた調子で言うと、テーブルに軽い笑いが走った。
鳥尾は微笑んで、「料理のセンスを披露する機会、楽しみですね。そして、確かに当館では特別な『商品』を色々と揃えていますが、興味を持たれたものが有ったとは光栄です。細かくお聞きしたい気もしますが、それは後のお楽しみということで。ぜひ、お目当ての商品を手にされてください」と答えた。
スミレは、招待状に書いてあった内容を思い出した。パーティーで料理の腕が認められれば、この館がスポンサーとなって、自分の考える料理や食品の数々を宣伝してくれるとのこと。改めて、この屋敷と主によって目の前でその資金力を仄めかされると、彼女の胸は期待に膨らんだ。
左隣に座っていた健太が「料理、楽しみにしていますよ」と言い、明も「本当に、どんな料理が出てくるのかワクワクします」と付け加えた。
その時……。
不意に大広間の片隅から黒猫が姿を現した。招待客たちは一瞬驚き、その姿に注意を奪われ、テーブルの間に不思議な静寂が広がる。
(🐦つづく🐦)
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