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【暗いショートショート三部作】(2) - 負の先払い

 ケヴィンは子供の頃から役者になるのが夢だった。
 彼は何度もオーディションを受け続けた。
 そして、念願叶ってブロードウェイの初舞台に立った夜、それまで彼を支え続けてくれた恋人、その他の大切な友人すべてと縁を切った。

 ケヴィンは、人生において「良いこと」と「悪いこと」は同じ数だけ存在するものと頑なに信じており、大きな幸運を得た場合、同じ度合いの不幸が必ず後からやって来るものと恐れていた。
 仮に自分の身に「良いこと」が起こった場合、大きな不幸や損失を自ら「先払い」することにより、後になって予期せぬタイミングで突然に「悪いこと」が自分に降りかかるのを免れることができるとも信じて疑わなかった。

 ケヴィンは昨年、若くして世界的に権威ある大きな映画賞で、主演男優賞を受賞した。
 受賞者に贈られる全高約35cm、重さ約4kg、錫と銅の合金の上から金メッキを施した立像を片手に、大勢のオーディエンスの前で感極まった体のスピーチを行い、会場内に割れんばかりの大歓声と拍手を巻き起こした。
 その夜、ケヴィンはそれまでに築き上げた全資産のおよそ半分を、世界の子供たちの深刻な栄養不良を訴える慈善団体に寄付した。
 後になって、突然に自分を襲いかねない不運を免れるためである。

※※※※※

 ――今宵、年の瀬の満月の夜。
 ケヴィンは半分ほどバーボンで満たされたロックグラスを片手に、昨年新築した大豪邸の寝室のベッドに1人腰掛けている。
 酔いが相当回っているであろう赤ら顔には、満足気な笑みが浮かんでいる。
 それもその筈、今年後半にかけ、ケヴィンに立て続けに吉報が舞い込んだ。
 彼が初監督と主演を務めた映画が、映画祭の5部門受賞を果たし、彼はまたもや立像片手にスピーチを行い、(主観的に)前回より数段大きな歓声と拍手を得ることとなった。
 余剰資産で始めたいくつかの事業もメディアの注目を集め、ケヴィンのビジネスオーナーとしての才能も持て囃され始めていた。
 その上、彼が愛して止まない美貌の大女優との婚姻を果たし、2人の披露宴パーティーには大勢の著名人が詰め掛け、その一部はテレビ中継されるほどの盛り上がりとなった。
 おまけとしては、新妻と冗談半分で購入した宝くじが大当たりし、幸運な新婚カップルに数億ドルのご祝儀を運んできた……。

 仕事面での大きな成功、莫大な資産、大物たちとの広範に渡る人的コネクション、美しきトロフィーワイフ、幸せな家庭の予感……。
 
「素晴らしい……。私ばかりがこんなにも幸せだなんて……」

 ケヴィンは恍惚とした表情を浮かべながら独り言ち、自分の幸福を神に感謝した。

「負の先払いをしなくては……」

 幸せの絶頂期にあるケヴィンは、そう言って懐から拳銃を取り出した。
 そして、銃口を自分のこめかみに当て、勢いよく引き金を引いた。

(完)

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