
【ピヲピヲ文庫連載ミステリー】『7組のクセツヨな招待客』~第13話~
『夢鳥の幽館』のキッチンでは今、招待客たちがいくつかのチームに分かれて料理対決の真っ最中である。
リナが、ふと開け放たれたキッチンの裏口に目をやると、ドアの隙間から屋敷の黒猫がキッチンに入って来るのが見えた。リナたちのチームが陣取った調理場が、裏口に最も近く、他のチームは黒猫の到来には気付いていないようである。
この黒猫の瞳を見ていると、何だかこの場に不思議なことが起こりそうな気がして、リナは姉のスミレにひと声掛けようとした。しかし、スミレは時間を計りながら必死にボウルの中の食材をかき混ぜているところであり、その背中からはこの料理対決に何としてでも勝ちたい……いや勝たなければならないという執念が溢れ出ているようにリナは感じた。同じチームのナオミと梓も、不慣れながら、スミレに指示されたとおり、牛乳を計量カップで測ったり、生地を捏ねたりと料理に集中しており、黒猫には気付いていない様子である。
リナは、何となくチームのメンバーに声を掛け辛く、そのまま黙って料理の手を動かしながら、黒猫の動きを目で追った。
リナと目を合わせた黒猫は、彼女に近付いて行くでもなく、キッチンの中央へと歩いて行き、健太と明が作業している調理場に移動した。そして、そこで「ミャーオ」とひと言鳴いた。
すると、健太の包丁が突然宙に浮いたようにスポッと飛び、床に落下した。「あぶない!」と言って、明は驚いて後ずさりし、一瞬手を止めた。健太は「ごめん、明」と謝り、包丁を床から拾い上げ、手早く洗ったが、何とも不思議そうな表情を浮かべている。
次に黒猫は剛と真由美の調理場に移動した。そして、またもや小さな声でミャーオと鳴くと、剛の鍋が突然激しく沸騰し始めた。真由美は驚いて後退し、剛がなんとか事態を収めようと必死になる。剛は迅速に鍋の火を消し、沸騰を抑えるために冷水を注ぎ込んだ。冷や汗が二人の額に浮かび、不気味な雰囲気が漂った。
その後、スミレのチームにも黒猫が近付き、そのときはもはやメンバーの全員が黒猫の存在に気付いていた。梓が「今はダメ! 遊ばないよ!」と黒猫に向かって言った途端、またもや黒猫がミャーオと鳴き、次の瞬間、彼女らの調理場の端に置いてあった調理用具入れが床に落下し、調理用具がバラバラと床に飛び散った。ナオミは驚いて声を上げ、リナも怯えた様子で咄嗟にスミレにしがみついた。スミレは冷静を装いながらも、黒猫の不思議な出現に動揺を隠し切れなかった。ただし、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、状況を落ち着かせるために他のメンバーに指示を出した。
さらに、武とミヤビのチームにも黒猫によって不思議な出来事が起こった。黒猫の鳴き声の後、オーブンの中の料理が予想外に膨らみ、爆発するように飛び散るのが聞こえた。ミヤビは驚きのあまり叫び声を上げたが、武は冷静且つ迅速にオーブンを掃除し、状況を確認しながら次のステップを考えた。
最後に、黒猫は立己と麗子の調理場に近づき、再度ミャーオと鳴いた。すると、立己がかき混ぜていた鍋の中のスープが突然色を変え、赤く濁り始めた。立己は驚いて手を引いたが、麗子はクールな表情を崩さず、冷静に状況を見守っていた。彼女は慎重にスープを観察し、火を止めて鍋の中身を確認した。ほどなくして、スープの色は不思議と元に戻った……。
鳥尾が誰に言うでもなく、「さあさあ、皆さま、時間はまだありますので、どうぞ慌てず、落ち着いて作業を進めてください」と、キッチン全体に響きわたるように笑顔で声を上げた。
※※※※※
いよいよ60分が経過し、料理対決終了の時間がやってきた。キッチンの中には、様々な料理の香りが漂い、参加者たちはそれぞれの料理に最後の仕上げを加えていた。洋館の主、鳥尾吊士(とりお つるし)がキッチンの中央に立ち、全員に向かって声をかけた。
「皆さん、時間が来ました。ここで、料理対決を終了とさせていただきます! さあ、手を止めてください。……いずれのチームも既に火は止めておられるようですね」
招待客たちは調理を終え、少し疲れた様子ながらも達成感に満ちていた。
鳥尾は続けて言った。
「それでは、皆さまを再び大広間にご案内いたします。いよいよ、ディナーを楽しみましょう! 皆さまの料理は、召使が後から大広間に運んでゆきますので、気にせずにどうぞ」
招待客たちは一列になってキッチンを出て、大広間へと戻り始めた。
「もう腹ペコだよ!」と健太が明に言う横で、ナオミと梓が「最初は乗り気じゃなかったけど、とっても楽しかった!」「それもこれも、スミレさんとリナさんがリードしてくれたお陰よ!」と、スミレたち姉妹に御礼を言っている。
他の招待客たちの大半も、緊張の糸が緩み、和やかなムードで互いの健闘を讃え合ったり、ディナーへの期待を語り合ったりしている。……ただ1人を除いて。
スミレは、ナオミと梓と軽く笑顔で談笑したが、その後は料理対決の結果発表について思いを巡らせ、厳しい表情で前を向いて歩いている。
「お姉ちゃんのリーダーシップ、とっても立派だったよ! 私たちのチーム、優勝間違いなしね!」
リナは、必死な表情の姉に向かい、無邪気に微笑みかけた。
(🐦つづく🐦)
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