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満員電車でカッコつけたいオレ様

その日、私は満員電車で運良く座席を確保し、スマートフォンでニュース記事を読んでいた。

ふと私の左に座っていた中年男性が、パタッと読んでいた文庫本を閉じた。
そして、立ち上がりながら、彼の目の前に立っていた女性に対し、渋いバリトンボイスでこう言った。

「これは失礼しました……。気付きませんで」


ふと顔を上げると立っていた女性の鞄には、マタニティーマークが付いていた。
なるほど、妊婦さんが立っていたのか。
それはそれは、私も気付きませんで失礼しました。

さて!
今回、私が書きたいことは、「満員電車では妊婦さんや高齢者、障害のある方に席を譲るべきだ」とか「でも席を譲るタイミングって難しいよねぇ」とか「高齢者に席を譲ったら断られて気まずい思いをした」とか……そういうことではない。
ましてや、「ハミング🐦さん、満員電車なんだから、スマホばっかり見てないで周りに気を配りなさいよぉ!」とか……そういうヲ叱りヲ受けたいわけでもない。

何ヲ書きたいかと言うとですねぇ。。。
その男性が低めのイケボな感じ「これは失礼しました……。気付きませんで」……とサラッと言い放ったのが、何とも渋くて侍っぽくてカッコ良かったのである。

妊婦さんに気付いて「どうぞ!」とシンプルに席を譲るだけでなく、「私としたことが、文庫本に集中するあまり、目の前に妊婦さんが立っていたことに気付きませんでした。もしすぐにでも気付いていれば、即座に席をお譲りし、アナタに余計にたいへんな思いをさせることも避けられたのでしょうが、その点、私の至らなさをご容赦ください」と、サラッと非礼を詫びるあたり、スマートさと紳士的な性格を感じ取った。

さて…………。

私も言ってみたぁ~い💕💕


よし、決めた!
次に目の前に妊婦さんが立ったら、絶対イケボを意識(← ここ大事)して、秘技「これは失礼しました……。気付きませんで」……を披露してやる!

高齢者や障害のある方でもよいのでは?と思われるかもしれない。
しかし、高齢者の場合、「気付きませんで……」というくだりが、少し不自然というか、失礼な気がする。
そして、障害のある方とか松葉杖を使用されてる怪我人の方って、私含め周囲が普通に「気付く」ので、その場で席を譲る結果となり、「気付きませんで……」が成立し辛いのである。

「気付きませんで……」を成立させるためには、一見すると席を必要とするようにも見えないのだが、よく見るとカバンにマタニティーマークがぶら下がっている……という、まだお腹のあまり大きくない妊婦さんあたりが理想的なのである。

※※※※※

「これは失礼……」を聞いた日から、私は来る日も来る日も実践のときを待った。

もはや「妊婦に席を譲る」というマナーが自然に内側から出てくるといった話ではなく、「カッコつけて妊婦に席を譲る」ことが目的になっており、スマートさジェントルマンシップからは離れていっているが、細かいことは言いっこなしである。

妊婦側も席を譲られ、こちらもカッコイイという「win-win」の状態に持ち込みたいのである。

……しかし……期待して待ってみると、なかなか絶妙なタイミングが訪れないのである。
確かに、「これは失礼……」を実践するには、以下の条件が揃う必要がある。

(1)満員電車
(2)満員電車だが、私はラッキーなことに座席を確保できている
(3)妊婦さんが偶然、私の前に立つ
(4)私は最初、妊婦さんに気付かず、ふと顔を上げたのをきっかけに偶然その存在に気付く

上の条件(1)と(2)は、そこそこクリアできるのだが、残りの2つがなかなか曲者である。

(3)「妊婦を自分の目の前に立たせる」成功率を上げるためには、最初から「優先席」でスタンバイしておくというのが良いかもしれない。

ただし、その場合、「優先席」を必要とする人たちがスムーズに「優先席」に座ることができなくなり(なぜなら私が座っているため)、「私が譲る」というワンクッションを挟まなくてはならなくなるので、「スマート道(←「スマートどう」と読む)」から一歩遠ざかるかもしれない。

いや……でも他の人が「優先席」に座ってしまうと、その人は席を譲らない可能性もあるから、自分が先に妊婦さんのために1席確保しておいた方がよいのだろうか……などと、色々悩みは尽きない……。

条件(4)の「初めのウチは、妊婦さんに気付いてはいけない」というハードルもクリアする必要がある。
そりゃそうだ。
目の前に妊婦さんが立った時点で気付いてしまったら、「気付きませんで……」が成立しないではないか!

まず軽い「失礼」を経なくてはならないので、周囲に対する注意力をある程度「散漫」な状態に保っておく必要がある。
ただし、「妊婦さんに気付かない」を意図的にやってしまうと、これまた「スマート道(←「スマートどう」と読む。2回目)」から一歩遠ざかることとなり、そもそも本末転倒である。

「妊婦さんは立っているのがたいへんでしょうから席を譲る」という基本精神はブレてはいけないので、私のスマ道実践のために、妊婦さんを余計に長く立たせてしまう結果になると、このプロジェクトの存在意義そのものが危ぶまれるのである。

「親切」なことをしなくてはならないのだが、そこに若干の「不親切」を偶発させる必要があるという何とも難易度の高い案件である。

……ということで、ここでも悩みは尽きないのである……。

※※※※※

涙ぐましい脳内シミュレーションを経て、ついに……

ときは来た!


その日、私は満員電車で席を確保し、スマホの画面に集中していた。
そして、サイトに書かれた記事を読み終わったところで、ふと顔を上げると、目の前の女性のカバンには……

ヲー! ありゃ、いったい何だい?! 

待ちに待ったマタニティーマーク ToT 🐦

妊婦さんキタ――(゚∀゚)――!!


正に待ち焦がれた「スマホ画面に集中していたため気付かなかったが、ふと顔を上げると目の前に妊婦さんが立っていて、自分に若干の失礼さが備わり、且つ周りには空いている席がないという状況」という名の天竺に辿り着いたインチキ三蔵法師な私のそのときの心境は、皆様にもご想像いただけると思う。

今しかない!


私はもう待ってました!とばかり、テンション爆上げ「ハミングハイ🐦」な状態となり、勢いよく立ち上がり、妊婦さんのカバンにぶら下がるマタニティーマークに食らい付くほどの気迫でバカデカい声で叫んだ。

「ぅぅうぉあ~! あ~、すぅいませでしたぁ~、気ぃ付きぃませんでぇ~~」


もう居酒屋の「新規ご来店、1名様ぁ~! いぃ~らっしゃいませいぃ~~!」のノリである。
待ちに待ち過ぎて、「低めなイケボで渋く譲る……」とは真逆の1人祭りテンションになってしまった。

もはや最初の「ぅぅうぉあ~!」の時点で、妊婦の姐さんも「うわぁ~、何なにぃ~?!」みたいな感じで、めっちゃ露骨にビビってた。

そりゃそうである。
目の前に黙って座っていた男が、突如発狂したように「ぅぅうぉあ~」などと奇声を上げながら自分の方に向かって来るのである。
目的が不明過ぎる。

「優しさがホラーに転じるとき」みたいな本に収録してほしいエピソードである。
「村人と仲良くしたいのだが、誤解され、最終的に村から追い出される哀しい怪物の昔話」みたいでもある。

周りの乗客も一瞬、「何だ、この男は?!」みたいな雰囲気になったのは気のせいだろうか。。。

もう妊婦の姐さんも、この男の席を断るとどんな目に遭わされるのか心配したのか……その心中は知る由もないが、「あっ……あー、すいません……」みたいなドン引きな感じで席に座っていた。
何とか判定勝ちは収めた(?)が、試合運びには大いに課題が残るデビュー戦となった。

教訓:「席を譲る場合、勝手に盛り上がらず、まずは5秒待て!」

今回の涙を犠牲にしないためにも、本記事に「この経験に学べ」タグを付けておく。
ついでに「やってみた」タグも付けておく。

……あのときの妊婦さま、その場に居合わせた乗客の皆さま。
ごめんなさい🙇

(完)



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