[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第12話
前回の話(第11話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、心療内科を訪ねた翌日の午前中、ようやく警察署から解放された。
※※※※※
昨日、八鳥が病院で医者の問診を受けている最中、医者が突然その場に倒れた。
八鳥もどうしてよいか分からず、その場に立ち尽くす内、混沌とした状態に陥った病院に救急車が到着し、「事件性あり」として警察官2人が駆け付けた。
警官らは八鳥に対し、どこにも行かぬよう、そして極力言葉を発しないよう指示した。
そのくせ彼らは八鳥に何を聞いてくるでもなく、事情聴取は専ら看護士に対して行われた。
八鳥は、医師がストレッチャーで救急車に運ばれていくのを見送った後、手持ち無沙汰で警察官と看護士たちのやり取りを眺めたり、自分の行く末を案じたりした。
年配の警察官が、現場の第一発見者である看護士にことの経緯を尋ねており、そのやり取りは近くにいる八鳥にも聞こえてきた。
警察官は看護士に対し、「では、先生が彼に『いつ頃からこのような状態になったのか?』と質問していたのは確かなんですね?」といったようなことを何度も繰り返し聞き、『質問』という単語をことさら強調していた。
受付カウンターの内側では、若い方の警察官がその他の看護士数名に対し、「では、彼に『質問』をしたのは、こちらの院長の先生だけということで間違いないですね? 他に彼に『質問』した方はいない? 危ないから『質問』だけはしないでくださいね」などと念を押すのが聞こえた。
今や八鳥に対する『質問』は「危険行為」扱いであった。
後から応援のパトカーも病院に到着し、八鳥は傷害の疑いでそのまま警察署に連行された。
表向きは「任意同行」ということだったが、計5名の警察官らは眼光鋭く、「暑までご同行願えますか?」といった『質問』をするでもなく、八鳥を半ば強制的にパトカーに乗せた。
八鳥は警察署の取調室に連れて行かれはしたが、取り調べを担当した刑事たちも「アナタは蜂通五郎(※ 八鳥六郎の本名)さん……ということですが……今日の午前……あの病院に行かれた……とのことですが……問診の最中……あのお医者さんが倒れた……のは知っているんですが……倒れる前にアナタに質問をした……わけですが……」と、警戒しながら一方的にクドクドと経緯を説明を繰り返すばかりであり、一向に取り調べが進まない。
決して八鳥に『質問』をしないように気を付けているようであった。
八鳥は弁護士を呼ぶよう伝えたが、彼が何か言葉を発するたびに担当の刑事らはビクッと怯えたような反応をして、八鳥に「喋るな!」というようなジェスチャーをした。
それは、あたかも八鳥に余計な『質問』をせざるを得ない話の流れになることを恐れるかのようであった。
八鳥は結局、その日の夜を警察署の留置場で過ごすこととなった。
※※※※※
警察署を後にした八鳥は、腹立たしさを通り越し、心底疲れ果てていた。
これまで真っ当に生きてきた自分が、なぜ留置場にお泊りしなければならないのだ。
留置場では、同じ部屋に居合わせた身長2メートル近くもあろうかという『怪鳥』とかいう呼び名の大男が、八鳥に執拗にコソコソと話しかけてきた。
怪鳥は恐ろし気な顔をしたアウトローの匂いがする男であり、八鳥は散々、その男の身の上話を一方的に聞かされた。
そんな男の相手をしたくもなかったのだが、下手に邪険に扱って恨みを買い、娑婆で追いかけ回されても厄介である。
八鳥は消灯の時間が来るまで、泣く泣く大男の身の上話に付き合うこととなった。
前回の刑務所暮らしの中で「俳句」に興味を持ったらしく、疲れた頭に大男が「俳句」と言い張る下手な自作をいくつか聞かされたが、最後に俳句は「五・七・五・七・七」でなく、「五・七・五」だとさり気なく伝えたら、えらく感激していた。
八鳥は再度、自問自答した。
どうして、これまで悪いことに手も染めてこなかった自分が、マスコミに弄ばれなくてはならないのだ?
どうして、順風満帆に独身生活を楽しんでいただけの自分が、留置場でコワモテ大男が作った下手な俳句(それらは「五・七・五・七・七」で作られていたため、俳句の体も成していなかったわけだが)を聞かされなくてはならないのだ?
いったんは証拠不十分ということで解放されたが、警察は特に反省する素振りも見せず、「何かあったら、またご足労願うことになるかもしれません」などと抜かしやがった。
オレがいったい何をしたというのだ?
どうして……どうして……どうして……
マスコミも警察も人権蹂躙だ!
いずれ訴えてやるぞ!
……刹那、そう意気込んだ八鳥であったが、その闘争心を持続させるには彼の心と体は疲れ切っていた。
……今、彼を取り巻いているすべての問題、それらの元凶が例のテキストコンテンツ配信用プラットフォーム『ピーチク・パーチク』のせいだと思えて仕方がなかった。
他のピチカーを見下し、滅多に他人の記事など読まない八鳥だが、中でも面白いと思っていた鈴鳥村雨(すずどり むらさめ)というピチカーが『女子留置場サバイバル! 渡り鳥のように生き抜く術!』というマガジンで連載していた記事を読んでいたお陰で、少なからず留置場に関する予備知識があったのが不幸中の幸いだった。
八鳥の頭の中を「どうして」の文字が再度グルグル回り始めたそのとき……。
「八鳥さん!」
咄嗟に彼を呼ぶ声がして、八鳥は振り向いた。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?