[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第16話
前回の話(第15話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、ホテルの部屋の冷蔵庫から取り出してきた缶ビールのプルタブを開けながら、ベッドに腰かけた。
今晩、人気討論番組『こんな時間にあーでもない!』では、クセの強いパネリストたちが、自分に対する「質問」を禁止する趣旨の「八鳥条例」の是非について議論している。
一連の八鳥問題のバカバカしさを一蹴してくれるパネリストが登場することを大いに期待し、八鳥は缶ビール片手にテレビ画面に向き直った。
※※※※※
CMが終わり、『こんな時間にあーでもない!』のお馴染みのテーマ曲に合わせ、またスタジオ内のパネリストたちが映し出された。
画面右上には、八鳥が番組を見始めた直後と同じように、薄い黒の縁取りを施した白のテロップが映し出されていた。
『どうする八鳥問題?! 質問されぬ眠った雛にメスを入れる! ピヲピヲ!』
番組の男性総合司会者である鳥越権平太(とりごえ ごんぺいた)に軽く促され、進行役を任された局アナのトリニダード敦子(あつこ)は、新たなパネリストにコメントを求めた。
「本日は、ノンフィクション作家の鳥曾我部先生にもお越しいただいています」
ビールをひと口飲みかけた八鳥は、この作家の名前を見て頷いた。
鳥曾我部 鳥子(ちょうそかべ ちょうこ)。
やれやれ……売れっ子女流作家まで出て来たか……。
こいつの作品など一作も読んだことはないが……果たして何を言うのか。
「鳥曾我部先生は、『ピヲピヲルポ大賞』を受賞されたベストセラー『メタファーとしてのハチドリ』、そして『ハミング杯 何とか部門賞』を受賞した映画『ハチドリは、思ったより蜜を吸う』の原作をお書きになった際、ハチドリ業界の内部まで入り込んで取材をされたと思うのですが、現時点で……こう…我々が前もってできる…対策みたいなものは…何かないのでしょうか?」
「……あぁ……何ぃ~……?……わたしぃ~……?」
八鳥は思い出した。
この鳥曾我部は、実にダラダラとスローに、そして納豆のように粘っこく話す女だった。
「私はねぇ……今日、こちらに座っておられる……皆さんの意見も……分かるんですけどねぇ……ただ実は……ハチドリというものを……内側から見るとねぇ……これ……我々が普段見ているのと……全く逆のメッセージだったり……するんですのよぉ……」
実にまどろっこしい話し方をする女だ。
もっとテキパキと話せないものか?
八鳥はビールの酔いも回り始め、イライラしてきた。
「先生、逆の……と仰いますと?」
「そう…たとえばですけどねぇ……壺だと思っていたらさぁ……あれ……実は向き合った2人の顔だったという絵が……ねぇ……ございますでしょう? ハチドリも……似たような部分が……ありましてねぇ……皆さん……ご存知ないかも……しれませんけどねぇ……ハチドリって言っても……ねぇ……見る人によってはねぇ……あれ……アカエメラルドハチドリに見えるかもしれないし……ねぇ……ミミグロセンニョハチドリかもしれないし……ねぇ……あのぉ……ねぇ……あと……ねぇ……ニセハチドリモドキダマシダマサレハチドリみたいな得体の知れないのも……いるとか……いないとか……いないとか……いるとか……ねぇ……言われているわけなんですねぇ……。まあ……何と言いますか……ねぇ……私から言いたいのは……つまりは……そういうことです……」
「なるほど……。確かに、そこまでいくと、既にハチドリなのかどうなのかということすら、我々一般人からすると識別が付かなくなりそうですね」
何が『なるほど』なもんか!
このトリニダード敦子という女も相当に適当な相槌を打ちやがる。
八鳥は缶の中のビールを大量に胃に流し込んだ。
「全く、酔わなきゃやってられん!」
八鳥は独り言ちた。
「ヒック! 本当に……こんな馬鹿げた討論……酔わなきゃやってられん!」
何だ?! この男……テレビの討論番組に呼ばれているのに、酔っ払ってるのか?
八鳥が男の名前を思い出そうとしたところで、カメラの端に『鳩塚文太(はとづか ぶんた)』と書かれたネームプレートが一瞬映し出された。
鳩塚はもともとは芸人で、暫くテレビでは見かけなかったが、もう70歳近くになっていると思う。
今はバラエティー番組ではなく、この手の討論番組で見ることの方が多い。
マトモな意見を言うこともあるが、何せ破天荒で理屈っぽい性格の持ち主である。
おおかた過激な発言を引き出したい制作側の意向で、『色物』として呼ばれたのであろう。
「アンタ、酔っ払ってんのか? 皆、議論しにここに来てるんだよ。やる気ないなら、帰んなさいよ」
民俗学者の一鳥羅怒羅夫(いっちょうら どらお)が鳩塚を窘めた。
「えっ? 帰れって? ヒック! 俺が帰って……数字取れんのか? え? 数字……取れんのかって!」
一鳥羅と鳩塚が小声でごにょにょと言い争いをし始めたのをきっかけに、カメラは鳩塚の隣の女性パネリストと彼女のネームプレートを映した。
『元ピヲリンピック ピヲ88km金メダリスト:
烏川土手美(からすがわ どてみ)』
烏川だと!
テレビ局は、何でこんな奴を出すんだ!
八鳥は、烏川のことが大嫌いだった。
烏川は元アスリートで、今は50歳前後だったように記憶している。
知ったかぶりで、何を言っているのか良く聞き取れない活舌の悪さ、しかも早口でまくし立てるように喋る。
要するに、聞こえの良い言葉を並べるのだが、結論としては何を言いたいのか全く分からないのだった。
「あのね、皆さんね、ハチドリのことね、どれだけ知ってるのと思うんですけどね、あのね、私なんかはね、実はお仕事の関係でですね、あのね、ハチドリにはちょっと関わったりもするんですけどね。あのですね、英語でですね、カミングバードって言うんですけどね……」
「あんた、それ、ハミングバードじゃないの?」
「……むにゃむにゃ……ヒック! その人……知ったかぶりが多いんだよ……」
烏川が話し始めると、途端に周りがざわつき始め、指摘が入る。
「いえいえ、皆さんね、揚げ足を取らずに最後まで聞いてほしいんですけどね、さっきからサミングバードと申している訳でございましてね……」
何てことだ!
烏川みたいな薄っぺらい奴が、メディアを通じて大勢に向かって、俺のことを話しているだと?
八鳥は、悪い夢ではないかと思い、暫しテレビ画面から顔を背けた
八鳥が再び意識をテレビ画面に向けると、すでに烏川の話は司会のトリニダード敦子によって止められたようであった。
まだスタジオ内が少し騒がしかったが、トリニダード敦子が必死に仕切り直しているところだった。
「……そして、そういった問題に詳しいのではと思われますが、本日は女優の『アヒル口の麗子』さんにもお越しいただいています」
ん? 『アヒル口の麗子』?
こいつ女優だったのか?
こいつが出てるドラマや映画なんて、1本も観たことないぞ。
そもそも、この女の肩書きもよく知らないが、見てくれがよくて、淡々と話すので、皆、この女の言うことに惑わされがちだが、俺に言わせると、この女には詭弁が多いと思う。
八鳥は訝し気な目でテレビ画面を凝視した。
「私も『アヒル口』という似たような活動をしている身として、少し八鳥さんの書いた記事も読んでみました。今回の件、率直に申し上げて『ハチドリ』という点に特異性が有ると思うのです。たとえば、これが『アヒル口』とか『燕返し』とかだったら、こうはなってなかったんじゃないかしら……と思うんです。要するに、私が言いたいことは、ハチドリはホバリングするために必要な蜜を確保する必要があって、ウザ絡みをすることが避けられないのであって、こういったことによって、一連の問題が『ハチドリ』という前提なくしては成り立たない……先ほども言いましたけど、『燕返し』とか『けんもほろろ』では起こり得なかったハチドリ特有の危うさを孕んでいるのではないかと考えています」
パチパチパチパチパチパチパチパチ…………
そこでスタジオ内の一部の観覧者たちから拍手が巻き起こった。
その拍手に煽られるかのように、スタジオ内のパネリストたちもざわつき始めた。
「いやいや、そこは一緒でしょう! 燕返しだと何が違うんですか?」
「私も一緒の問題だと思うなー、そこは。だから私は拍手はしてませんよ、今」
「いや、私は麗子さんの言うことも一理有ると思いますよ」
「うーむ…よしんば…燕三条だとして……」
そこでまた、鳥越が興奮気味に仕切り出した。
「おっ! ここ意見分かれた! 面白い。ちょっと、ここさっきの彼の意見聞きたいな」
「あっ、私ですか? 改めまして、私、『美しい日本語ヲ復興させる会』の理事ヲ務めております『ヲ』と申します……」
『ヲ』か。。。
八鳥は、はじめて少し興味を持ったような表情でパネリストを見た。
……まあ、この中では結構マトモなことを言いそうな奴が出て来たな。
八鳥は『ヲ』が何を言うのかと気になり、同時に期待もしていた。
これまでろくな意見も出ていないが、そろそろ討論の議題自体が大いに馬鹿げているとして、番組の構成を一刀両断してほしいものである。
しかし……この『ヲ』も、何とも気が優しいというか、自分に自信がないというべきか、声の大きい人間に周りでまくし立てられると、急に反論できなくなり、黙りがちなところが玉に瑕なんだよな。。。
(つづく)
~おまけ~
本連載のイメージキャラクターでもある『アヒル口の麗子』。
今回、パネリストとして登場した彼女の記念すべき初登場作はこちら。