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【ピヲピヲ文庫連載ミステリー】『7組のクセツヨな招待客』~第10話~
周囲を山々に囲まれた謎の洋館、『夢鳥の幽館』。
その1階の大広間で、招待客一同の前に突如現れた黒猫は、まん丸な金色の瞳で周囲をじっと見つめながら、柔らかな足取りで歩を進める。その愛らしい姿とは裏腹に、その瞳にはどこか謎めいた光が宿っており、まるで獲物を探しているようでもある。黒猫が歩みを進めるたびに、招待客たちの視線はその存在に釘付けになる。
洋館の主、鳥尾吊士(とりお つるし)が微笑みながら、「この黒猫は、いつからか当館に現れ始めまして、召使が定期的に餌をあげていたところ、住み心地が良いものか、もう長くこの屋敷に居続けています」と言った。
「可愛らしい! 名前はあるんですか?」とリナが尋ねた。
「いつだったか、当館を訪れたお客様のお1人が『月夜(つきよ)』と呼び始めまして、それからというもの、我々もその名前で呼ぶようにしております」と鳥尾が答えた。
「月夜か! なるほど言われてみれば、夜が来て、暗い山々に囲まれた洋館の中、爛々と輝く黄色い目は、まるで夜空に浮かぶ月のようなのでしょうね」と明が納得するように言った。そして、招待客たちの何人かが、試しにその名前で黒猫を呼んでみた。
黒猫は、大広間奥に置かれたビクトリア様式のソファに歩いて行く途中だったが、名前を呼ばれると、急に招待客たちの方を振り返った。そして、ひと言「ミャーオ」と鳴いた。
パタン!
…………。
すると、テーブルに立て掛けていた鳥尾のステッキが、床に倒れた。
黒猫の鳴き声の後、ちょうどいいタイミングでステッキが倒れたため、招待客たちは一瞬、まるで黒猫が魔法でも使ってステッキを倒したかのような錯覚を覚え、不思議そうに倒れたステッキを一瞥した後、黒猫に目を戻した。
鳥尾は、床からステッキを拾い上げながら、「この黒猫は神出鬼没な奴でして、これが招待客たちの前に現れるたび、毎回、何やら不思議なことが起きると噂されております……」。
鳥尾は、招待客たちの反応を楽しむかのように、薄い笑いを浮かべ、些かミステリアスな声の調子で言った後、一同の表情を窺った。
やがて、黒猫は大広間を一周した後、開いていた奥の扉から出て行った。黒猫の余韻が、洋館の不気味な雰囲気と調和しながら、大広間に一層神秘的な空間を作り上げた。
※※※※※
「さて、皆さまの自己紹介の続きでしたな」と、鳥尾が次の1組に目を移すと、健太と明が自己紹介を行った。「私は健太です。こちらは親友の明です。ボクはフリーランスのライター、こっちはフォトグラファーです。このパーティーには新しいインスピレーションを得るために参加しました」と健太が説明し、明も「素晴らしい出会いを期待して来ました」と簡単に付け加えた。
鳥尾は頷きながら、「新しいインスピレーション、ぜひたくさん得てください。面白い記事や写真の材料が見付かるといいですね」と答えた。
ナオミが「ライターさんと写真家さん、興味深いお仕事ですね」と言い、梓も「ぜひ後で、お話を聞かせてください」と興味を示した。
次のカップルに移る前に、鳥尾が付け足すように言った。「明さま、重複となってしまい、誠に申し訳ありません。招待状でもお願いしたことですが、イベントが始まりましたら、その間だけ、カメラの方はこちらの大広間のテーブルに置いておくか、金庫に保管くださいますようお願いいたします」
「分かりました。鳥尾さんのリサーチのためにも、パーティーに集中する必要がありますからね」と、明は朗らかに答えた。
「ただし、イベントの合間や皆さまのご歓談の間は、当館の内部はどうぞご自由にお撮りいただいて結構です。また、我々のビジネスモデルの計画に触れない範囲で、今回のパーティーのことを記事にしていただいても構いません。他の皆さまにも事前に招待状で『当日は取材が入ることが想定されます』とご案内しておりますので」
招待客たちは同意するように頷いた。
そこで武が「あの、賞金目当ての参加というのは、伏せていただきたいんですが、、、」とテーブルの向こうから言った。それに対し、健太が「大丈夫です。個人情報には極力配慮しますので、ご安心ください。こんな山の中の不思議な洋館で、大富豪が開催するパーティーに招かれるなんて、小説か何かの世界みたいで、面白い記事になるような気がします」。
ナオミと梓も自己紹介に移った。「私はナオミで、こちらは同僚の梓です。出版社で編集者と広告営業をしておりまして、、、あ、私が編集者の方です。今日は、、、私たちは純粋にパーティーを楽しみに来ました。どんな人たちと出会えるのかなって。あ! あと、私たちも招待状に書かれていた賞金や商品、実はちょっと気になってますけどね」と快活な調子でナオミが話し終わると、梓が問い詰めるような表情でナオミを見た。ナオミも何かを訴えかけるように梓を無言で見つめ、何度か頷いた。
梓は少し戸惑った様子で、「はい、私もパーティー、もの凄く楽しみにして来ました。皆さん、面白そうな経歴の方ばかりなので、ワクワクしてます」と手短に挨拶を終えた。
鳥尾は笑顔で、「お2人は一緒にお仕事されているご同僚でしたね。職場に信頼できる仲間がいるというのは、実に心強いものと思います。今日はぜひ、人脈を広げていただければと思います。賞金や商品についても、無事に獲得に至るよう願っています」と答えた。
その間も、梓は腑に落ちない様子でナオミを突き、その不自然な雰囲気を感じ取ったのか、周りの招待客も2人に声を掛け辛い様子である。
そうこうしている内に、最後の立己と麗子のカップルに自己紹介のターンが移った。立己が「ボクは立己といいます。舞台俳優をしてまして、前回の『イン・ア・センチメンタル・ムード』というお芝居で、こちらの麗子さんと共演したんですが、鳥尾さんの目に止まり、本日のパーティーにご紹介いただきました。鳥尾さんとも親睦を深めたかったし、皆さんとお会いすることも楽しみにしてきました。本日は、ボクたちの演技が試される場も用意されているみたいで、新しい挑戦に大いに期待しています!」と話し、麗子は「私は麗子です。女優として活動しています。特別な舞台でのパフォーマンスに自信を持っています。今日も何だか楽しそうなことがあるようで、皆さんと一緒に素敵な夜を過ごしたいです」と短く自己紹介した。
ごく僅かな自己紹介にもかかわらず、麗子から滲み出る独特の華やかなムードに招待客たちは魅了された様子である。
鳥尾はにこやかに、「前回のお芝居は最高でした! お2人は抽選ではなく、所属されている劇団さまに直接招待状をお送りさせていただきました。本日のパーティーのスペシャルゲストということですな。今夜のお2人のパフォーマンス、今から非常に楽しみです。特別な舞台での挑戦を応援しています」と答えた。
健太が「プロの舞台俳優と女優さんだったんですか! 後でぜひお話聞かせてください」と言い、他の招待客たちも興味深そうに2人を見ていた。
こうして、招待客一同が自己紹介を終え、それぞれのパーティー参加動機や期待を共有し合った。鳥尾の説明で、インセンティブ(報酬)についても確認が取れ、招待客たちはますますパーティーの行方に興味を抱くこととなった。ただし、その中で、ナオミと梓だけは、どこか納得しない表情で主を見つめていた。