[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第5話
前回の話(第4話)はコチラ。ピヲピヲ。。。
八鳥は、「質問募集記事」を投稿したことをきっかけに、テキスト・コンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』で一躍時の人となった。
「質問募集記事」が投稿されたのとほぼ時を同じくして、検索エンジン『ピヲピヲーライ』の運営会社が提供するニュースサイト『ピヲピヲスポットニュース』(通称:『ピヲスポ』)が以下の簡潔なニュースを配信していた。
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「カルガモール株式会社、『ピーチクパーチク』のハミングを買収」
大手テクノロジー企業のカルガモール株式会社は11日、インターネット関連事業を展開するピヲ系企業のハミング・イケメソ・コーポレーションを買収すると発表した。
カルガモール株式会社は、SNS事業の一環として、国内を中心にスマートフォン向けの写真共有アプリ『トリッピヲ、ハリッピヲ』を展開してきた。
今回の買収を通じてハミング・イケメソ・コーポレーションが運営するメディアプラットフォーム『ピーチク・パーチク』を取得し、国内モバイルSNS市場のさらなるシェア拡大を見込んでいるほか、欧米圏の市場開拓に向けたシナジー効果を期待している。
『ピーチク・パーチク』は2007年に創設され、近年は多言語でサービスを提供し、昨年度の全世界登録ユーザー数は1,500万人、月間アクティブユーザー数(MAU)は8,000万人に達した。
カルガモール株式会社は、ハミング・イケメソ・コーポレーションの発行済株式の全部取得に向けて準備中であり、規制当局の承認手続を経て、年度内の買収完了を予定している。
なお買収予定額は明らかにされていない。
カルガモール株式会社による買収計画のニュースに興味を持ったピチカーがどの程度いたのかは定かでない。
しかし、少なくとも八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、「質問募集記事」に寄せられるであろう読者からのリアクションに気もそぞろであったため、そのようなニュースは眼中になかったようである。
そして、読者からのリアクションを目の当たりしてからは、『ピーチク・パーチク』に関するニュースなど見たくもないという理由により、やはりそのようなニュースを詳しく知ろうという気持ちにはならなかったようである。
八鳥は最近、『ピーチク・パーチク』から距離を置いている。
以前に投稿した「質問募集記事」に対する初コメントをもらった日を境に、「八鳥さんに質問はありません!」という趣旨のコメントが殺到し、気分を害していたし、何だか気味悪くも感じていた。
アンチコメントならまだしも、どうやらコメントを送って来る人たちは自分に悪意も無さそうであり、それどころか自分に好意を持っていそうな人たちも多いように感じる。
そこがとても不思議であり、気持ちが悪いと感じている原因かもしれない。
不幸中の幸いと言うべきか、「八鳥騒ぎ」が起こっているのは『ピーチク・パーチク』の中だけであり、他のメディアに取り上げられるといった事態には発展していないようである。
あれは『ピーチク・パーチク』内の大がかりなイタズラ企画のようなものなのだろうか?
自分はまだピチカー歴も長いとは言えないし、あのプラットフォームには、何かしら自分が把握していないお祭りイベントでも仕組まれているのだろうか?
定期的に皆で示し合わせ、特定のピチカーをターゲットにからかうようなイベントが……。
しかし……あれだけ多くのピチカーが裏で連絡を取り合っているとすれば……どうやって?……そして……なぜ自分が……?。
八鳥は、ここ数週間、何度も自分に投げかけていた疑問について考え込んだ。
そして、今日も思考は堂々巡りであり、やはり答えは出ないのであった。
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生活から『ピーチク・パーチク』が消え、八鳥は急に心のバランスが崩れたように感じ、オフィスでも気合の入らない毎日を過ごしていた。
「おい、蜂通! 最近、仕事も手に付かないという感じだな。終始眠そうな顔もしてるし。デスクの前にいるより、便所に入ってる時間の方が長いんじゃないかって、みんな噂してるぜ」
八鳥と同期入社で、同じ部署の同僚である有井 馬亜人(ありい ばあと)が八鳥に向かって、半分冗談めかしていながらも、周囲に聞こえるように嫌味な口調で言った。
因みに、蜂通 五郎(はちどおり ごろう)というのが八鳥の本名であった。
八鳥( = 「蜂通」ではあるが)は、同期入社であり年齢も自分と一緒である有井が、自分を好いていないであろうとの確信を持っていた。
八鳥は有井のことを上昇志向が強く、地頭も良いし(自分ほどではないがと八鳥は思っていたが)、仕事もできると評価していた。
しかし、その分過剰なまでにギラギラしていて、上の人間たちとやり合うことも多かった。
その点、八鳥はいつしか野心も衰え、目の前の仕事を如何に要領よく終え、余暇を楽しむかということを重要視し始めるようになった。
また八鳥は、社内で自分より職位が上である人間と表立って争うことはなかった。
ただし、それは決して、八鳥が周囲の人間の働き方を尊重していたとか、そのような理由からではなく、逆に彼は同僚の多くを心の底では見下していた。
自分より頭の悪い人間たちが、自分の崇高な考えを完全に理解することなど不可能だと考えていたため、そのような下等な人間たちに対して「怒り」という大量のエネルギーを奪うこととなる感情を浪費することはバカバカしい限りだと思っていたのだ。
しかし、上の人間たちは、そんな八鳥を見て、どうしたことか「余計なことを言わず、黙々と仕事を手際よくこなし、チームワークも尊重する協調性のある『できる男』」であると評価し始めた。
そして、あろうことか(八鳥が望んでいたわけでもないのだが)彼を有井より先に管理職に昇進させ、部下を数名持たせた上、チームのマネジメントも任せるようになった。
同期の有井も八鳥の後を追うようなかたちで管理職に昇進してはいたが、職位は八鳥の方が上であった。
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有井が八鳥に対して抱いていると思われる敵意の根拠となるエピソードがもう1つある。
すでに何年も前の話とはなるが、八鳥はかつて有井が好意を持っていた総務部の中途採用社員、手乗 文子(てのり ぶんこ)とほんの少しの間だけ仲良くなった。
仲良くなったと言っても、数回食事をしただけではあるが、有井がどのような想像を膨らませているかはわからない。
八鳥は、有井が自分たちより10歳ほど年下で且つ一般職である文子に好意を持っていることに気付いていた(より正確に言えば「知っていた」)わけだが、文子が自分に好意を持っていることにも何となく気付いていた。
お互い残業で退社時間が重なった日に、八鳥の方からコッソリと文子を初めて食事に誘い、そのような密会が(八鳥の記憶が確かであれば)3回ほど続いたのだ。
八鳥が予想したとおり、文子はそれとなく八鳥への好意を仄めかし、八鳥がその気になれば男女の仲になりそうな予感もあった。
しかし、八鳥は文子の幸薄そうで、どこか暗さを感じさせる雰囲気に徐々に嫌気が差してきた。
それに加え、八鳥の教養ある(と彼自身が考えている)話にたびたびついてこれなくなる文子に対して知性の無さを感じ、彼女と話すことが煩わしくなってもきた。
文子が「一夜限りの関係」といったものを受け入れるような女ではないと八鳥は感じたし、彼自身、3回目の食事を終えてレストランを出る頃には、文子に対して何の興味もなくなっていた。
最後に文子と食事をした日を境に、八鳥は会社でも露骨に文子を避けるようになった。
文子はオフィスで八鳥を見るたびに笑顔で挨拶してきたし、ときには周囲に自分の気持ちを悟られない程度に自然に見えるよう、八鳥に話し掛けてもきた。
しかしながら、八鳥は露骨に迷惑そうな顔をして文子を避けるようになった。
そして、ある日、文子は突然会社を辞めてしまった。
周囲は文子の八鳥に対する気持ちには気付いていなかったようであるが、八鳥は一度酔った勢いで、有井に事の顛末を話したことがある。
八鳥は食事だけだし、大したことではないと思っていたが、その日を境に有井の自分に対する態度が変わったことは間違いない。
因みに、未だに文子を忘れられないわけでもなかろうが、有井も八鳥と同様に独身を貫いていた。
八鳥は、自分も文子を初めて見たとき、垢抜けないながらも端正な顔立ちをした彼女を魅力的だと感じたことを有井に対する免罪符と考えている。
自分は決して、有井に対する優越感を味わいたいがために文子と2人きりで食事に行ったわけではない。
そもそも独身である自分が同じく独身である文子と数回食事に行って何の問題があるのだ?
そのように考え、有井への罪悪感を払拭しようと努めるのだが、有井が文子を想うほどに、自分は彼女のことを想ってはいなかったようにも感じられ、バツの悪さが心のどこかに残っているのも事実である。
文子が会社を辞めた直接の原因が、八鳥に有るとまでは彼も考えていない。
文子はその見た目が与える印象と同様、陰のある生い立ちについての噂も耳にしたことがある。
どうやら身内に反社会的勢力がいたことがバレて会社に居辛くなったというような話を聞いたような覚えもあるが、そういった話を聞くたび、八鳥は彼女のどことなく幸薄そうな表情を思い出した。
確信はないが、有井としては出世も恋愛も八鳥に邪魔されたと思っていたとして、それも不思議ではないと八鳥は感じていた。
そう考えると、有井がことあるごとに八鳥の失敗を鬼の首を取ったかのように大仰に取り上げ、周囲に嫌味な言い方で触れ回るといったことにも納得がいくのである。
最近は、八鳥の直属の上司であり経理部長の羽毛田 勝男(うもうだ かつお)も有井のネガティブキャンペーンに付き合い、「蜂通君は確かに最近パフォーマンスがアレだねぇ~」とか何とか言うことがある。
この上司は見た目の印象も手伝い、陰で周りから「ハゲタカ」と呼ばれ、馬鹿にされている。
いったん部内でターゲットを見付けると、ネチネチと仕事上のミスを問い詰める陰湿な男であり、これまでも部下を何人か休職に追い込んでいる。
これまでは卒なく仕事をこなし、ターゲットになることを免れてきた八鳥ではあるが、そろそろ『ピーチク・パーチク』のことは忘れ、真面目に仕事に取り組まなくてはと気を引き締めていた。
しかし、八鳥は『ピーチク・パーチク』であの不可解な出来事を体験して以来、もっと怖ろし気な何かが自分の身に降りかかるのではないかという不安を感じていた。
それに加え、たまに出勤や帰宅の途中で、何者かに後を尾けられているような……そんな気配すらした。
八鳥の胸騒ぎは杞憂に終わるのだろうか?
それとも……
(つづく)