aki先生インドネシアで風邪をひく
ジョグジャに着いた頃、風邪が流行っていて、担任(生徒1人につき1人のリーダー先生がつき、アルバイトの先生が何人かマンツーマンで入れ替わり立ち替わりレッスンする方式)の先生も、ホームステイ先のマザーも、例の私の小さな仲良しフェリも、毎日フェリと遊びにくる遠縁のお嬢さんイオナも、みんな盛んに咳をしており、心配した。そして私もその風邪をやっぱりバッチリもらってしまった。
20代の終わり頃の2年を私はパリで過ごしたが、どんな楽しい暮らしでも、外国生活というのは、日本慣れた生活より幾分緊張して疲労が積もりやすいと思う。社会のいろいろな仕組みが、日本ほど整然と質の高いサービスを供給されている国は他にはない。ジョグジャはそこそこのサイズの地方都市だが、数回停電があった。夜はしのぎ易いが、昼のさなかにエアコンが止まると蒸し風呂だ。ほとんどの家の窓になぜ網戸がないかというと、売っていないのではなく防犯事情からだ。防犯に適した作りを網戸に求めると、デザインされたあるいは無機的な太い格子付きの網戸を張ることになる。見ようによっては檻の中にいるような感じで、かえって風が通らないのではという印象を与えるから売れない。日本のように薄い網戸一枚で悠々熟睡できるような社会ではない。よって窓には網戸はなく、窓と雨戸と二重が採用されることが多い。暑いと窓を開けるともちろん蚊や蝿が何匹か入ってくる。1匹の蚊でいちいち神経質になっていると生活がしづらいから、虫除けローションを塗って、プ〜ンと飛んでくるのは放置するか、至近のものは叩いて仕留める。貴重な日本製のスプレーベープは先の生活で困った時に取っておく。(ダニや南京虫がベッドに巣食っていると寝られないから)私は後でジャカルタで日本メーカーの液体ベープを見つけたから今後は蚊への対策としてはそれを持ち歩く。デング熱は死因第3位だから侮れない。ただ、壁のコンセントが壊れていて機能しないこともちらほらあるから、これも100%ではない。携帯のバッテリーや虫除け、トイペのないトイレに遭遇した時のためのちり紙、エアコン対策用のカーディガン、水筒、エコバッグなどを携行して、だいたいいつも結構な量の荷物を持ち歩くし、貴重品類とお腹の薬や絆創膏までウエストポーチに入れている。雨季になるとこれ折りたたみ傘も加わる。油断しても良い?加減がわかるようになって、必要な油断禁物リテラシーが身につくまでは、全てに油断しない状態をずっと続けるうちに、どうしても疲れやすい。60%で走らないといけないのだ。
話がそれたが、よって海外長期生活は、いつも何かしらの不便と付き合って生活するから、常時、少しだけ負荷がかかる。つまり、疲れやすくて当たり前なのだ。ジョグジャは京都の姉妹都市、沢山の名所旧跡や無形文化遺産があり、せっかくの半日休みだから、と市内観光や買い物、美容院と毎日出歩いていたが、勉強とプレゼン準備と相まって少しオーバーペース過ぎたかもしれない。
先にいろいろ言い訳したが、最終テストの数日前、私は急に熱を出し、声が出せなくなり、下痢もあって食欲が落ち、急降下した。インフルエンザA型のような症状だ。ジャカルタで流行していると注意情報が入ったばかりだった。かろうじて試験はパス、プレゼンもまぁ良かろうということで、クリアできたが、ホストファミリーには大変心配をかけてしまった。孫娘フェリがお父さんとジャカルタへ戻った後のこと、寂しい夫妻は私の応援に精力を傾け、養生と試験対策に最大限気遣いをしてくれた。キツい思いと家族の助けのどちらもある有難い情況のおかげで、熱も下がり、また病気や滋養についてのインドネシア人の知恵も学んだ。
果物好きな私のため、採れたてのドラゴンフルーツやマンゴーなどのフレッシュジュース、庭に生えているレモングラスと氷砂糖で良い香りのレモングラスティー、マザーが毎日いろいろな飲み物でビタミンを補給してくれた上、食事が進まない私に、インドネシア風養生食、回復食を幾つも作ってくれ、ファザーが効能を教えてくれた。その中には、みたらし団子やフルーツ蜜豆に類するお八つもあった。薬膳的な発想はどの国でも薬のなかった昔からの知恵だ。
試験が終わったらさっさと首都に戻るせっかちスケジュール都合のため、夫妻の気遣いだけでは足りず、ジャカルタに戻ってすぐ日本人の行くクリニックでやっぱり抗生物質を処方されてしまった。もしそんな次々にスケジュールが押してなければ、祖母の家で薬膳しながら寝て養生していた子どものころのことをもう少し思い出して実践できたかもしれない。30代以降は子育てと仕事を両立して確実に稼いで生活回すため、私の身体はすでに散々抗生物質漬けで、アマチュアアスリートを気取るくせに、疲れて免疫力が落ちるとすぐ風邪をひいてしまう弱っぴいになっているのが残念だ。
みんな全力で速く生きたからこそ今の日本社会があるのだが、薬を飲ませて休みなく働かせる現代文明とは、時には人間の本来の生活ペースに対して挑戦的だ。akiはもしこの家が東京にあったらどんな風に使いたい?またまたファザーがいたずらっ子の目をして私に聞く。それはもうおふたりのようにスローライフで生きます、そしてガムランや手芸ワークショップをやって、保育園を建てて、貴方にコンサルタントになって貰います、と答えた。照れると自分の頭を撫でる癖を見せる夫を、マザーがニコニコして見ている。