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雑感

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本とか、本以外のいろいろなことについて。
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2015年6月の記事一覧

こいつのデザインというのは誰が考えたんだ――中島らもと上野動物園

 子どもを連れて動物園に行くのが長年の夢だった。「生まれて初めてゾウを目撃する人間」の表情をじっくり観察するのを楽しみにしていたのだ。  たぶん中島らものエッセイだったと思う。子どもにゾウの存在を教えなかったらどうなるか、みたいな話があった。赤ん坊が生まれたら、とにかくゾウについての情報を遮断する。ゾウのぬいぐるみもゾウのガラガラも禁止、ゾウが出てくる絵本やテレビ番組は見せない、図鑑のゾウの頁を切り抜く、ゾウの歌が聞こえてきたら喚いて音をかき消す、など親が日常的に努力するの

SF礼賛、あるいはなんとなく救われたい願望について

■ SF、といっても食べ物の話  先日、“ 町のおそば屋さん ” という感じのそば屋でそばを食べていたら、厨房から怒鳴り声が聴こえてきた。そこは家族経営の老舗で、発端はどうやら大将のやり方に息子がケチをつけたことだったらしい。しばらく小声の言い合いが続いた後、客席にまでクッキリ聞こえる「仕方なく継いでやるんだ」で本格的な戦いの口火が切られた。大声の「そんなら出てけ」に「ああそうするよ」が続き、2人を必死で止めるおかみさんの声も入り乱れて収拾がつかない罵倒の応酬に突入、ついに

デスピサロのはらがあやしくうごめいたあの日から25年

2015年4月 ■ 会わなくっても、「サイレンノート」であいつとは通じ合っていた  2006年にアクションホラーゲームの傑作「サイレン1」「サイレン2」をクリアして以降、私生活上のさまざまな事情から腰を据えてテレビゲームに 没頭する機会がなくなってしまった。いまや隆盛をきわめるゲーム実況とかゲーム動画投稿とかの芽が育ちはじめたのは、ちょうどその前後くらいのことらし い。  わかりやすい物差しとしてNewzoo(国際的なゲーム専門調査会社)の市場調査資料をみてみると、2

トラルファマドール星人みたいにはなれないけれど、とヴォネガットの命日に考えた

2015年4月  昨日、4月11日はカート・ヴォネガットの命日だったので、仕事の合間に久々にSFマガジンの追悼特集号(2007・9)を手に取った。なんといっても川上未映子の追悼文がよすぎて、とくに見開き左頁の2段 目あたりを読んでると泣きそうになる。どんなところがよいかというと、このことについてはこう書くしかない、としか思えないほど言葉の連ね方がキマッてい るところで、しかも「このこと」というのが微妙でもやもやしてるけどとても大事なことなので余計にすごい。その微妙さとかもや

磯野カツオの背骨は1ミリたりとも伸びない。

2015年2月22日  子どもの頃、テレビアニメの登場人物たちの記憶喪失っぷりに憤りと不信感を覚えることがよくあった。  「つい先週の体験を覚えていたら、そんなことは言えないはずだ」「君たちはあの映画での大冒険を忘れてしまったのか」「こいつらってばまた同じことやってる、バカか?」などなど。  長じるにつれ、登場人物が永久に年をとらないいわゆる “ サザエさん時空 ” という方便を知ったが、理解はできても納得はできなかった。逆に理 解すればするほど、テレビ画面のなかを右往

「まずは粉を練るんだ!」とジャムおじさんは言った。

2015年2月  子どもと楽しさを共有できるたくさんの作品のなかで、『アンパンマン』ほどシンプルかつ本気で誠実なものを私はあまり知らない。  頭部が交換可能なアンパンでできたヒーロー、アンパンマン誕生の背景にやなせたかしの従軍経験があるのは有名な話だ。戦場で「正義」という言葉のキナ臭さ と飢え苦しむ人々の実態を思い知った彼は、強い力で敵を倒すだけのヒーローに、そしてそれが「正義」として描かれることに違和感を覚えた。その後 “ 売れない作家 ” として長らく不遇の時代を送る

「君の様子がおかしかったから、後をつけたんだ」とドラえもんは言った。

2015年1月  このところ、子どもといっしょにドラえもん映画をたくさん見ているのだが、新劇場版にはやっぱりいまだに馴染めない。どうしたって1980年代作品がすばらしすぎていちいち比べてしまって、あれらのおかげで世界の不思議に目覚めた少年時代を思い出す。VHSの磁気テープが擦り切れるほど「ドラえもん」を見まくったあの頃。  思い入れが深いだけに、2005年の全面リニューアルにはかなりの衝撃を受けたものだった。ハイビジョン制作への移行、声優陣と製作陣の一新、キャラクターデザ

都心の人混みで木浴―― 「東京おもちゃ美術館2014」

2014年10月  先日、東京都四谷の東京おもちゃ美術館で開催された「東京おもちゃまつり2014」に行ってきました。せっかくなのでレポートします。  2008年、東京都・四谷三丁目にオープンした東京おもちゃ美術館。旧四谷第四小学校の校舎を利用した館内は、まるごとぜんぶおもちゃの世界です。 展示品を眺めるだけではなく、実際に触って遊べる美術館として、特に「木育」に力を入れています。世界中のボードゲームが揃った「ゲームの部屋」や、同館 を運営するNPO法人「日本グッド・トイ委

画太郎の前に道はなし、画太郎の後にも道はなし、でも我あり――漫画太郎「漫☆個展」(pixiv Zingaro・中野ブロードウェイ)

2014年9月  カート・ヴォネガットの長編小説『青ひげ』に、次のようなエピソードがある。 ――ラボー・カラベキアンという抽象画家が、2.5メートル四方のカンヴァスを「緑がかったバーント・オレンジ」一色で塗りつぶし、単にそれだけの「作品」を完成させようとしていた。それを眺めていた彼の友人がこう問いかける。「もしもだよ、私がそれと同じ絵具を同じローラーで塗ったとしたら、それでもその絵はカラベキアンの作品なのか?」  「まちがいなくそうだ。ただし、君がカラベキアンと同じ奥の

マイタケから遠く離れて――『きのこ ふわり胞子の舞』(写真/埴沙萌)

2013年10月  採れたてのきのこの本がクラリスブックスに入荷しました。  鍋の季節です。我が家では、今夜は鍋にしようということになると、それが何鍋であろうと必ずマイタケを購入します、2パック分。そして出番がくるまでパックのまま転がしておきます。  さあいよいよ鍋だ鍋だ、ということで肉を切ったり野菜を切ったり出汁を張ったり、鍋料理にまつわるマイタケ以外のあらゆる準備を整えたのち、ようやくパックのラップを破ってマイタケの房を取り出し、これをいかにも投げやりに、大きめにち