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✩ 文学夜話 ✩ 文学的な政治経済の本:マルクス&エンゲルス『共産党宣言』


この記事ではマルクスとエンゲルスの著作『共産党宣言』を扱いますが、誤解のないようにまずはっきりと申し上げますと、私は共産主義的な発想をまったく支持していません。マルクスの議論から学べることも部分的にはありますが(疎外論など)、経済と政治の仕組みに関する説明に間違いが多く、したがってそれらの認識に基づく諸々の処方箋も誤りと考えます(きっぱり)。

しかしそれにもかかわらず、この度、彼らの書いた『共産党宣言』を取り上げようと思ったのはなぜか? 

二つの理由があります。一つは、かれらの使った文学的な表現がかれらの政治経済論を魅力的にしているのではないか(読者を増やしやすくしたのではないか)と思ったからです。『資本論』を含む彼らの書籍が広く読まれた最も大きな理由は、内容が時代のニーズに合っていたから(とても苦しい労働者が多かったから)だとは思いますが、文学的な文章表現の魅力もその一助となっていたからではないかと思いました。

一般的に今日の政治経済の書籍は客観的な印象をもたせるためにドライな表現ばかりを使いますが、一部の人達を除いて、大多数の人はそういうのをあまり進んで読めないと思うんですね。小難しくて、かしこまって、ドライな政治経済の本よりは、刺激的で面白い表現を散りばめた大衆的な政治経済の本の方がよく売れますよね。もっと言えば、政治経済の本よりは小説の方が売れますし、小説よりはマンガの方が売れます。さらに、同じマンガでも、小難しい哲学的なマンガよりは、登場人物たちの感情を感じられるマンガの方がより多く売れるでしょう(例外はありますが)。

もう一つの理由は、今現在の政治経済論も、主張する内容はマルクスらのそれとまったく異なっていても、かれらのように文学的な表現を適宜使うことでより広く読まれるのではないか、と思ったからです。ドライな表現で論じるべきところではドライな表現で論じつつ、適宜、文学的な表現も使うと政治経済の本がより広く読まれるかもしれないと思いました(何かを煽るプロパガンダにもなりやすいという問題がありますが)。

では実際、『共産党宣言』(1848)はどのような文章表現を使っているのでしょうか。著作権切れしている堺利彦・幸徳秋水訳(1904)が青空文庫にありますので、それを以下で引用します。本文は次のように始まります。

 一個の怪物がヨーロッパを徘徊してゐる。すなはち共産主義の怪物である。古いヨーロッパのあらゆる權力は、この怪物を退治するために、神聖同盟を結んでゐる。ローマ法皇もツァールも、メッテルニヒもギゾウも、フランスの急進黨もドイツの探偵も。
 見よ。在野の政黨で、在朝の政敵から、共産主義的だといつて誹毀されないものがあるか。また見よ、在野の政黨で、他の一そう急進的な反對諸黨派に對して、ならびにその保守的な政敵に對して、共産主義の燒印をつけた詰責を投げ返さないものがあるか。

この翻訳には多少問題があるので、英語ができる方のために英訳も載せておきます(オリジナルはドイツ語です)。

 A spectre is haunting Europe — the spectre of communism. All the powers of old Europe have entered into a holy alliance to exorcise this spectre: Pope and Tsar, Metternich and Guizot, French Radicals and German police-spies.
 Where is the party in opposition that has not been decried as communistic by its opponents in power? Where is the opposition that has not hurled back the branding reproach of communism, against the more advanced opposition parties, as well as against its reactionary adversaries?

全文を細かく分析するのは大変なのでこの最初の部分だけを細かく見てみます。以上の文章には次のような幾つかの文学的な技法が使われています。



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