【読書】 中村文則『掏摸』
幼いころから私は、自分が重大な罪を犯してしまうことを恐れている。もちろん実際には至って真面目に生きている。決して貧しい家庭に育ったわけではないし、大事に育てられてきた。
一方で、自分のどこかに世界からはみ出したい欲が潜んでいると感じてならないのだ。
この作品には、スリという形で法を犯す人間たちが描かれている。主人公の西村は、幼いころから人のものを盗むことに快感を覚えていた。悪いことではあると思うが、悪人であると完全に突き放すことができない。
例えば彼は、怪しい強盗の案件を持ちかけられたときにこう考えていた。
更なる悪事を働くという感覚より、何か非日常を求める感覚に突き動かされているような印象を受ける。行動が重要であることはどの分野においても言われているが、少し方向を間違えばあらぬ方向へ向かってしまうと感じて怖くなった。自分の意志とは関係なく、思い返せば流されてきていたということが自分にもある。いったん立ち止まって考えようと踏ん張っても、時間の流れは待ってくれないものだ。
これは主人公が組織の上位に位置する木崎に言われた言葉だ。確かに生きやすい精神の持ち方だと共感を覚えた。
私たちは日ごろ、「幸せ」を他人との比較をもって規定しているように思う。しかし、世界がグローバル化して自分の見れる世界が広がったことで自らの幸せが平凡なものに思えてくる。
自分が持つ「幸せ」のイメージと正反対の感覚を持ち合わせることで、どんな外界の環境に対しても喜ぶことができる。変化の激しい今の時代には、そうした生き方が望ましいのではないだろうか。
これは主人公が幼少期を思い出して考えたことだ。完璧に見える世界と、それに対して窮屈に思う主人公の感情はどこか懐かしさを感じる。
幼いころに感じ取っていた世界の揺るぎなさは、いつの間にか消えてしまう。家と学校と友達だけで構成された世界は、今私がいる環境よりずっと守られていて、それ故不自由だった。
主人公は自ら自由を望み、その強固な世界に抵抗したが、自分はどうだっただろうか。何も考えずに漫然とその不自由を受け入れていたのではないだろうか。
罪を犯すことがいいことだとは決して思わない。しかし、自らが受け入れた世界は守られているけど不自由であるということを忘れてはならないと思った。
主体的に自由を手に入れようとする主人公の生き方は、その点でキラキラと輝いている。