‘パブリックドメイン’という言葉をご存知でしょうか。
通常、映画/音楽/出版には著作権があり、それらの使用には版権元からの許諾と版権元に支払う使用料が発生します。パブリックドメインとは発表から一定期間を経過した作品について、申請の必要は無くなり自由に扱える事を意味します。現在定められている映画については1953年までの作品は法律改定前の50年経過でパブリックドメイン対象とされています。
その前段を踏まえて本題なのですが、どうしても納得ができない現状を目の当たりにして傍観者のままでいたくないと思い、意見を述べることにいたしました。
先程の申請の必要は無くなり自由に扱えるに加えて、さらに作品を‘加工’する事も可能になる。そこが非常に問題を孕んでいるのです。
一番分かりやすい加工技術はモノクロ映画をカラー映画に変換する事です。
しかも法律上は販売も可能になります。
たまたまYouTubeで小津安二郎に関するものを観ていた折、目に入ってきた動画ファイル名が『東京物語 小津安二郎【COLOR】』でした。コレはなんだとクリックするとカラーによる本編が始まり、しばらく観ていたのですが、えも言われぬ嫌悪感が沸き上がり、止めてしまいました。
YouTubeコメント欄を見るも、どれもこれもが称賛の声で記されていました。
「カラーにしてくれてありがとう」と。
コレは一体なんだと、違和感しかありませんでした。
『東京物語』の版権元は言わずと知れた映画会社の松竹です。先頃4Kデジタルリマスター版がリリースされています。デジタルリマスター版はフィルム上の経年劣化による傷みを修復、さらに露出調整も施し、作品の保存も目的に新しい『東京物語』として生まれ変わった事を意味するものです。そうしたデジタル技術については以前のnote‘フィルムライクとは’の項で少し見解を述べていますので覗いてみてください。
こうした原盤を加工する際には必ず当時の撮影を知る関係者に監修を依頼し、作品意図を損なわない配慮を施すのがプロセスとして重要でありセオリーなのです。ちなみに『東京物語』については当時の撮影助手で名匠・撮影監督の川又昂さんが携わったと聞いています。
YouTubeに上がっていたカラー版はAI処理による簡便極まりないものでした。何をもって極まりないか具体的に上げればキリがありませんが、そもそも加工ベースが市販ソフトである点、笠智衆の髪の毛の色が金髪…そもそもこの試みはモノクロをカラーで観たいとする欲求だけに端を発した代物としか言い様がなく、言い換えればアイドルや人気女性タレントの裸を見たい欲求から合成処理された画像と思想性は共通するものでしかないという結論です。
これをパブリックドメインの弊害と言わずして何を言うのか、私は憤ります。
たしかにパブリックドメイン化した事で、作品の汎用性が広まって、若い世代にも知れ渡り後生に伝わり残っていく効能は誰しも認める点です。
しかし、技術の進歩によって敢えて私は断言しますが作品の冒涜まで許されるものであって良い筈はなく、実際は『東京物語』以外にもかなりYouTubeには様々なモノクロからのカラー版が上がっております。
観る側の見識、神聖なものへの畏怖感はあって然るべきだと願いますが、また例えて言えば‘食’について、美味しさの感情の前に‘いただきます’の概念は失念してはいないかを問われる点にも比例できなくもありません。
クローン技術も使い方次第、その類いです。
人間のあくなき傲慢さが吉と出れば凶とも出ると、さらにはリテラシーの有り無しも現代認識の重要要素になります。
複雑化していく精神構造と欲求の単純化。
今が本当に良い時代なのか否か、疑問は深まるばかりです。
今回話題に掲載しました『東京物語』
こちらは最初のデジタルリマスター版DVD。
モノクロだからこその工夫も当然仕組まれているのです。AIが笠智衆の髪の毛の色を金髪と認識したのは、モノクロで白を際立たせるためにスポットで照明を焚いた事を推測させます。
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