【職業・マダム】「理解してから理解される」の奥深さについて
10月から、夫の仕事の都合で公的機関の中に住み、平日の日中は家政スタッフさんのいる生活をしている。
掃除や洗濯、昼食づくりなどいろいろお願いできる一方、わたしが雇ったスタッフさんではないので、思い通りにいかないこともある。
スタッフさんは2人いて1週間ごと交互に来る。
そのうちの1人が、毎日仕事を始める時間と帰る時間、お昼休憩時間にムラがある上、それを事前に申告することにとてもとてもとても抵抗があるらしいのだ。
勤務管理は、公的機関のスタッフルームにあるタイムカードでされている。
だから我が家に来る時間は、直接には彼女の勤務時間とは関係ない。
特殊な仕事なので、臨時で公的機関の他の仕事が入ることもあり、残業すると我が家に来る時間は少なくなることはわかっている。
そこは理解している。
でも、わたしはプライベート・スペースに人が来る以上、それが何時から何時までなのか、一週間分くらいはあらかじめ知っておきたいのだ。
それが何時だろうとわかっていればそれでいい。
それだけのことだ。変更があれば、変更があってもいい。
でも、彼女はそれをしたくないらしい。
ホワイトボードに書いて欲しいと何度も同じことをお願いするのは疲れる。
もう一人のスタッフは一度話したら理解してくれたので、フランス人の国民性という訳でもないらしい。
怠惰という訳ではない。
掃除も洗濯も、彼女の方がもう一人よりしっかりやってくれて、仕事は早い。
他のことはお願いすると、感じよく引き受けてくれる。
なぜ、勤務時間を言うのが嫌なのか。そこは彼女の自由裁量にしたいのか。子供のために毎日違ってしまうのか。
うー。
いっそ彼女の思う通りに、勝手に来て勝手に帰ることをわたしが受け入れるのはどうかとも考えた。
勝手にと言っても、そう大きな違いがあるわけではない。
1時間とか、半日いないこともあるので、そこは困るけれど、そういう大きな違いのときだけ、教えてもらえばいいのだろうか。
それが、わたしの心に引っかかっている。
もしわたしが彼女のやり方を受け入れるとしたら、わたしは彼女を「いてもいなくても、どうでもいい人」と認識してしまう気がするのだ。
丁寧に感じよく対応できなくなる気がする。
わたしのことも、その点では尊重してもらっていない気がするし。
仕事をしっかりやってくれている人を、勤務時間を報告することもできない「プロフェッショナルでない人」と思うのは嫌なのだ。
来る時間が知りたいと伝えたときに、彼女は
「いつも来る時間は一緒です」と言う。
「余程のことがない限り、同じ時間に来ています」と。
毎日全然違うのだけれど。「同じ」の理解の幅が相当違う。
「他のところで働いたら、その分時間は短くなるけれど、わたしはちゃんと管理しています」と。
管理の問題ではないこと、勤務時間はタイムカードで管理されているのは知っているけれど、自分のうちに誰が何時に来るのかは知りたいと伝えた。
でも、そう伝えた時しか書かない。
ある時怒りがわいてきて、その怒りをぶつけてしまいたいと思った。
理詰めで説得したいとも思った。
そのとき、「理解してから、理解される」という言葉を思い出した。
こちらを理解してくれと言う前に、わたしは彼女を十分に理解していない。
まずはそこが先だろう。
もしかしたら、理解できないかもしれない。
どうしても理解し合えない部分というのも、あるかもしれない。
でも、解決方法は見つけられるかもしれないと思っている。
見つけたい。
時間が経つことで、信頼関係ができるかもしれない。
わたし達は、お互いを選べない。
彼女は辞めることができるけれど、離婚してシングルマザーになったばかりの彼女は、すぐに辞めたりはしないだろう。
「遅れます」とか、「今日は昼休憩が長く必要です」とか「早く帰ります」など言ってくれさえすれば問題はないのに、なぜ言うのは嫌なのか、なぜもう一人は平気なのか、その辺のところを興味深く見守っていきたい。
まずは理解することだ。
「理解してから理解される」って奥が深すぎる。
相手の文化背景もあるし、社会背景もある。
この件に関しては、「頑張れ、アリエ」と自分を特に励ましたい。
アフリカでだって、いろいろなことを解決してきたじゃないか。
時間がかかろうと、どうにか納得のいく着地点を見つけようと思うのだ。
写真は一昨日彼女が作ってくれたランチ。働き者なんだよ。