GENJI*REDISCOVERED 今日の源氏物語 『光る君へ』43
また「梵鐘の音」で『御所』 …「御所」を表す「音」…無いか。
三条帝 と 妍子 に 生まれた待望の子だか、姫皇子 誕生。 道長 は落胆と。
内裏 の 火事 頻発。( 伊周 居ないのに…)内裏 が焼けて⇀帝 とともに 妍子→ 枇杷殿 に。 って、嫁 の里…『土御門邸第』内。
皇太后 彰子『枇杷殿』を譲り→『高倉殿』= 頼道 邸内の御殿に。そこで、敦康親王 と再会。敦康 がめとった妻は 頼道 の妻 隆姫 の 妹・具平親王娘。
「火事は帝への天の怒り、ご譲位を。」と 道長。同席の 道綱 にも 帝、聞き質し、道綱 の「ははっ」との(ボケた)返答に「無礼者!さがれ!」と。
『家』で、光る君 亡き後 の 物語 の「つづき」を書く まひろ。
「世の人の噂など、誠にくだらぬ、けしからぬ、物にございます。」と始める。 で、「タイトル」 演出 渡邉 昭寛 氏
『清涼殿』 道長 の奏上に「声が小さい」と 帝。(前回の、病身から 病み上がりの)道長 へのいやがらせ…かと思ったら…。「今日は暗いな。御簾を揚げよ。」と言い出す 帝。 ご覧になている文書が 天地逆さ。!で、道長、帝の 異変に気づく。
四人の 納言 に「帝 は目見えず、聞こえてえられぬ。」と明かす。「ご譲位を願いたてまつるのですね。」と問われて「大臣たち が望む 機運をはかる。」と。 「諮る」「図る」「計る」「謀る」…「はかる」どれ?
行成、おりいって「 太宰府大弐 に任じて欲しい。」と 道長 に。
「私の傍を離れたいと言うのか?」と問われ、「この三年、道長様のお役にたてていないから。」「敦康様ももう大丈夫みたい。」と…何につけても「葛藤」が絶えなかった 行成。 道長 のやり方 批判に終わらぬように「己の財もふやしとうございます。」を付け足して、の願いに「考えておこう。」と 道長。(この「考がえさせて…」、京都的 言い回しの「ダメです」どすな。) 大知・行成「言えてよかった。」「反対されずよかった!」顔。
に、いまだ 髭 なくて。
『高倉殿』 敦康 と 彰子。「頼道の薦めで妻をもち、生きる希望を得た。」
話し。「ホケキョ 」「東宮になられるようにお支え出来ず」と謝る 彰子に「(お会いした子供の頃から「自分が」と使命感を持っていた中宮さまも)おかわりになられて、何か太い芯をお持ちで、お守りしようと思ってた事に赦しを願いつつ「国母 に相応しくおなり。」と 敦康。「お褒めのおことば?」と 彰子。
『帝前』 実資、帝 と対面。「毒でももられるやも。」と帝、「信頼出来る蔵人頭が欲しい」と、実資の養子・資平 を任じるようなことを言う 帝。
「譲位」をせまる 道長 に、腹立てて 帝、御畳臺 を立って、見調の 鎮子の
「獅子」につまづいてコケる。道長「ご無礼を」謝しつつ 帝 を抱えあげ「お目も見えず、お耳も聞こえずでは…。国家のためにご譲位を。」とたたみかける。 に帝「朕を信用出来ぬなら 朕の目と耳になれ!文句はなかろう。」と。これは「関白になれ。」(=『陣定』には出られなくなる。)ということ。
敦成 東宮 と遊ぶ 女房達、彰子 前、式部も 宮の宣旨 きな子サン もいるよ。
遊んでいるのは『へんつぎ』「札」にそれぞれ 漢字の「偏」と「旁」だけを
書いた物を、選んだ「偏」に「旁」を合わせて(存在する)「漢字」を作って、読み上げて、正しい「漢字」を 解として(知力を)競う遊び。
左大臣 が来て「じじも。」と入って来た風で「ご聡明ですがおいくつ?。」「ななつ。」のお答えに「(「東宮」としての教育の開始時期。と)そろそろ 博士につかれてご学問を。」と勧める。「帝王学」…「帝」としての教育
開始に、彰子 は反感も感じている。
「帝にご譲位を迫ったと聞いた。」「(父上が)追い詰めてさらにお悪く。と」と。 政治にかかわる 父・娘 の 葛藤 の皇太后・彰子 に 藤式部 が「かつて男だったら「政」に携わりたいと思っていました。されど今は、人の上に立った時の心地は、限りなく寂しいと思いますので。」「左大臣様は、皆をないがしろにしてまでご自分が。とお考えとは思えません。」「請われた「関白」を辞退されたとか。」「何でも手に入れたい方だとは思えません。」と 藤式部。「藤式部は父上贔屓だな。」と 彰子。
帝、実資 に「左大臣が脅して来た。」「朕は 目を病んでおる。しかし正気である。」「やれる事かある。」「守ってくれ。左大臣から朕を。」に、
実資「はっ。」と応える。
で 実資、左大臣・道長 に会いに来て人払い。「ご譲位を迫っておられるそうですな。何故に」に。道長 が答えた「『正しまつりごと』の為。」に対して「そのお考えもよく判ります。」と言いながら、今のやり方 では、「皆の心は離れます。」「幼い帝を立てて、ご自分が政を仕切りたいのは、世の誰の目にも見えております。」と意見。「思いの儘の政などした事もない。出来る事でもない。」と、その 地位に就いた者 ならでは、の言。
実資 は、「左大臣の目指す政とは何。」に「民の幸せ。」と答える 道長。
「民の幸せとは?」「そもそも左大臣様は民の顔など見えておられるのか。」の一撃。((ドラマで描かれた)道長 の育つ過程での「下々」との遭遇体験とか、他の公卿は知らないから。)実資 は「幸せなど曖昧な事では。」「志しは変わるのが世のならい。」等々 論理的に攻めて来るが、道長「おい。意味がわからぬ。」と。本当に 当人も迷っているのだろう。(という「脚本」)「今少しお待ちくださいませ。」貴族は「急ぐ」ことを嫌う。
帝 盆の上に 椀の水と小皿の上の何か。 …「丸盆」…時代的に…どうなのか…。「蓋」の深さがあれば…かと。
人の気配に「誰だ!」と。皇后 娍子 が心配して来たのだ。「会いたかった。宋から取り寄せた薬だ。これで治る。」と。…宋からの「金丹」等の薬、「不老長寿」を謳う物にはヒ素や水銀を含む「毒」物も少なからず。
帝、息子・敦明 親王 の頼みで、友 兼綱 を蔵人頭に。(は、道兼 の三男)は、娍子 の願いでもあった。
「蔵人頭」が、資平 でなくなり「あの話は…」と 三条帝 に怒る 実資。「言ったことを反古にするなら、頼りにするな!」と。
『土御門邸』か、 道長「頼道の子を、生んでほしい。」早く子を生めと、頼通 と 隆姫 に。「私たちは幸せ。」という 息子に「そういう事ではない。」(「この家」=藤原道長一統 の行く末を考えよ)と𠮟る。「妾を持て」と言う 母・倫子。「隆姫も楽になる。」「身分の対等な姫を探して。」とか言い出す。「何度も言わせないでください。私の妻は一人だけ、隆姫だけです。」と 頼通。
道長 と二人だけになった 倫子、「殿のお心が私でも高松殿でもない誰かに向いていて苦しい時もありましたが、今はどうでも良いと思っております。 娘の彰子が皇子を。その皇子が東宮に。そして帝にさえなるかと。何もかも殿のおかげですわ。今は幸せ。ですから、たまには私の方もご覧くださいませ。」と笑う。カメラアングル、倫子 の顔は映らないが、「おっほっほ」との笑い声を聞き、姿を見ていて怖がる 道長 の 表情。
為時、越後国 から 帰朝『帰宅』。「皆息災で。」のタイミングに、またまた カタコ、怪我の 双寿丸 連れて来ていて。「不思議 な眺めだな。あれは 武者であろう。」とまひろに。どうなっているのだろう…と戸惑う 父に まひろ「双寿丸が来るようになってカタコが笑うように。」「おまはこれでよいのか。」と 為時。「昔では考えられぬ事を、あの二人が軽々と飛び越える。」と、かって「家格・身分の違い」を越えたくとも成せなかった…諦めるよりなかった…自分 であっての 感慨。
実資、隆家 の見舞いに。「陣定にも来ぬ故」と言う 実資 に、座を入れ替わった 隆家「昨年狩りの時に目に枝で傷を受け。」良くならなくてと。実資 が「太宰府に、宋人の良い薬師 が居ると聞く。太宰府 に赴任したらどうか。」と。隆家、道長に「中納言を辞して、私を太宰府に。」と願い出る。
道長 は「そなたには先がある。目を治して戻ってまいれ。」と11月の「臨時除目」で、隆家 を「太宰府権の帥」に任命。
「大宰府に行きたい」と申し出ていた 行成「私を何だとお思いか。」と怒る。が、道長「おまえは俺の傍に居ろ。そういう事だ。」と。
清少納言 に 脩子内親王 のお側を離れていく「大宰府赴任」を謝る 隆家。「目を痛めて、このまま終わりたくない。」に「治してお戻りください。」という 清少納言 に「何かたたずまい、変わった。いつも噛みつきそうだったのに。」と 隆家。「恨みをもって生きて来ましたが、もうそれをやめて静かに生きてまいります。」と 清少納言。(『NHK大河』として、清少納言を「嫌味な人だった。」で終わらせては…問題だからね。)
夕方。 どこかの 路地裏。
カタコ に「殿に付いて来年「太宰府」に行く。と告げる 双寿丸。
カタコ「一緒に連れてって。」「双寿丸が居ない所に私の幸せは無いわ。」と…もう告白じゃん。「一緒に行く」と言う カタコ に「飯が食えて、妹みたいなおまえが居て、暖かさがあった。」と 身寄りのなかった 双寿丸 が家に来ていた理由を言いつつ、大宰府 への 伴は「ダメだ。」と。「おじじ様と母上とイトには、改めて礼を言いに行く。」と去る。を見ている供の 乙丸。
『家』夜、水辺の縁にカタコ一人。昔の まひろ みたい、六条の廃院で 道長と会って来た後の。 琵琶を弾く まひろ。 カタコ、その音に、寄り来て、
「母上はふられた事ある?」と。とっさに事態を悟ったか…「あるわよ。」
と。「双寿丸に言われた。女はあしでまとい。だと。」「一人で太宰府に行くのですって。」と。 母は「命かける仕事ゆえ。あなたを危ない目に遭わせたくないのじゃないの。」と説明。「だったらそい言えばよいのに。」と娘。「たいての男はそう事言わないものなの。」「生きていたらそう言う事あるのよ。」と、経験者 は語る。 で、本気だろうが…おかしくも見える体で「泣きたければ私の胸で泣きなさい。」と。「そんな…。」「えへへ、」
と笑って「できません。」と カタコ。 「門出を祝って「宴」ひらいてかまいませんか?せめて、思い出に残ってほしいもの。」とカタコ。勿論 OK。
『宴』福丸 が歌って躍る「かしまだち、いやさか、」とおどけながら。
家族 の 宴、家族 の皆 で。 双寿丸 も踊りだして。
眺める 為時「死をも恐れぬ者か。」と、この一時の「家の幸せ」をかみしめる。まひろ も。
スマホの文字変換機能がおかしくなって…テレビを見ながらの、筋・台詞・思ったこと等々の記録がうまく出来ず、書起し(修正等)に時間掛かって。