自由帳8頁目「毛」
引っ張れば痛い。
伸びれば適度に切ったり剃ったり。
上手く整えばそれだけで気分上々。
思春期の人間を
どれだけ悩ませてきたか。
毛というやつは実に面白い。
以前、noteに散髪のことを書いた。
何しろくせがひどい髪質なので
それなりに悩んできた。
おかげさまで
当分悩まずに済みそうだけど。
ヒゲは私を今も悩ませる。
落語家は基本、
ヒゲを伸ばしてはいけない。
だからマメに剃る、いや
噺家ならあたるというべきか、
とにかく処理が必要になるが
体質的にカミソリ負け
しやすいらしく、
今まで一度もカミソリに
勝ったことがない。
カミソリに勝つ方法、
誰か教えてくれまいか。
中学生の頃、
すね毛が濃くなったのが
とても嫌で、一度親のカミソリを
勝手に拝借して剃ったことがある。
倍返しされて抵抗を止めた。
すね毛の国の復興は
信じられないくらい早い。
いわゆる陰毛というやつは
中学生の頃、同級生達が
やれ生えたの生えないの
騒いでるのを聴きながら
自分ちの畑に毎夜、
叱咤激励したのを覚えている。
生えてきた時の気恥ずかしさ。
「やっと、会えたね」
「…ごめん…待った?」
「ううん、大丈夫」
「そっか…よろしくね?」
「…うん」
そんな感じだった。
『お前の陰毛しゃべるの?』
と思った方はその純粋さを
ずっと失わないでいて。
とにもかくにも、
毛は思っている以上に
人生に欠かせないものだと思う。
世話は焼けるが居ないと寂しい、
そんなパートナー的存在。
なんだけど。
何で体から離れた瞬間、
毛ってやつはああも
汚らわしく思うんだろう。
シェービングを終えて
カミソリを洗うと
濁った水にうんざりする。
カミソリの間に詰まった
悪いヒゲを、
水圧で駆逐する時の
成敗してやった感はたまらない。
散髪行く前夜の髪の毛など
最早頭からかぶった
生ゴミに等しい。
床ならともかく、
テーブルの上で
裸踊りでもしないと
そこに落ちねえだろ
このクソ陰毛!
という状況で
自らの陰毛を見つけると
もしかすると無意識に
裸踊りしていたのかと怖くなる。
鼻毛は更に厄介だ。
体には付いていても
持ち場をちょっと離れるだけ、
ほんの少し穴から顔を出すだけで
その他全ての要素が
美を構成しても
台無しにしてしまう。
あの破壊力はちょっと他にない。
鼻毛が出ていても美しい顔、
この世にあるんだろうか。
体から離れ落ちた
毛に対する嫌悪感は、
人間が生来持つ
性質なのかもしれない、
そう思うことが最近あった。
うちの娘、もうすぐ1歳3か月が
とにかく床の毛を拾う。
目線が低いのもあるだろうが、
下手なお掃除ロボットより
的確に床のごみを見つけては拾う。
フローリング上に落ちた、
か細い髪の毛を見つける能力を
活かせる仕事あるかな?
さておき、
最近は娘のおかげで
我が家の床は実にきれいだ。
無駄な毛一本落ちてない。
褒めると娘も喜ぶし、
いいことづくめだ。
と思っていたが先日のこと。
娘を私の膝の上にだっこして
絵本を読んでいた。
暑いので部屋着は
Tシャツ短パン。
ふいに娘が私の
むき出しのすねを見て、
一心不乱にすね毛をむしりだした。
あのね、それはまだお父さんの
体の一部なの。ゴミじゃないの。
娘に言いたい。
親のすねはむしるんじゃなくて
かじるんだよ。
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