「それは、これが秘密だというだけのことよ。それでクローディアはちがったひとになって、グリニッジに帰れるのよ。」
E.L.カニグスバーグ著,松永ふみ子訳『クローディアの秘密』(岩波少年文庫,1975,2020)[1967]
これも昔から岩波少年文庫にある作品で、タイトルだけはよく知っていたのですが、今回はじめて読みました。
『クローディアの秘密』というタイトルと、“女の子がメトロポリタン美術館で家出をする”という情報だけ知っていたのですが、個人的には内容とタイトルがしっくりこないなあ、と思っていました。
原文のタイトルは、”From the Mixed-Up Files of Mrs. Basil. E. Frankweiler”で、「ベジル・E・フランクワイラー夫人のごたまぜの綴じ込みより」となるでしょうか。
これはこれで、物語の内容がわからないタイトルですね。
E・L・カニグスバーグについて
1930年ニューヨーク生まれ、2013年没。没年が2000年代に入ると、さすがに最近の作家だなあ、と思います。
ニューヨークという都会生まれ、引っ越して高校まではペンシルヴァニア州で育ち、最終学歴はカーネギー工科大学で化学の修士号、という、かなりの高学歴の作家です。
学歴が作品に影響するか、といわれると、YesとNoの両方で、作風がややかっちりしているな、という印象を受けました。
学者にはならずに教師として働き、のちに児童書作家になります。
『クローディアの秘密』は彼女の最初の作品ですが、ニューベリー賞という世界で最も古い児童文学賞を受賞しています。
カニグスバーグの作品は20作品以上、ほとんどが日本語に訳されていますが、一部未訳の絵本もあるようです。
“ちがうひと“になる、ということ。
児童文学というものは、多かれ少なかれ、主人公の成長がテーマのひとつです。別に教育的な意図ではなく、そもそも物語のはじめとおわりで、主人公に変化がなければ物語とはいえないからです。
この物語の主人公クローディアも、変化があります。
でもそれは、彼女自身が成長したとかではなくて、“ちがったひと”になったということです。
わたしは物語を読み進めながら、何がそれほどクローディアを駆り立てるのか、なかなかつかめませんでした。
両親に対する不満は、言ってしまえばよくあるささいなもので、それは計画的家出をするほどのことだろうか。家出先がメトロポリタン美術館であること、費用を貯めておくこと、お小遣いをため込んでいるほうの弟を言いまかして巻き込むこと。
用意周到である一方、それだけ理性的なら、家出というような「若気の至り」をしでかすほど、やけっぱちになるものだろうか。
読み進めていくと、弟のジェイミーのほうがお金の管理にシビアで、クローディアのほうがその点やや無頓着であることや、自分がこうと決めたことは無理やりでも押し通そうとするところなど、少しずつクローディアの理性的でない部分も見えてきます。
でも一体、彼女が”ミケランジェロのものかもしれない彫像“に、どうしてそこまで取り憑かれるのか、やっぱりよくわかりませんでした。
そしてまた、彼女の家出の目的も、はっきりしないままでした。
クローディアのことを理解できない、という点において、わたしはどうやら弟のジェイミーに近いのかもしれません。
家出をしているのに目的を決めて何かを勉強しようとするところなどは、ちょっと共感ができなさそうです。
ところが、彫像のもとの持ち主であったフランクワイラー夫人は、クローディアと同じタイプの人間でした。
原題が示唆するように、夫人はいろんな物事を調べて綴じ込みにしまっています。クローディアの家出の顛末も、フランクワイラー夫人が顧問弁護士に宛てた手紙の中で語られているのです。そこには、クローディアに対する共感と愛おしさがあふれています。
クローディアが家出の終わりが決められなかったのは、彼女が家出を通してなにも変化していなかったからでした。クローディアは、なにか特別な人になって家に帰りたかったのです。それは、有名な物語の主人公たちが、行って帰ってくるときに必ずなにか特別なことをして、重要な人物になっているからです。
クローディアははじめ、彫像の秘密を解き明かす英雄になりたいと思いました。
英雄になれないことが分かってからは、せめて家出の秘密を全て抱えて、誰にも話さずに大事に取っておきたいと思いました。
それでも彫像の秘密をあきらめきれなかったクローディアは、フランクワイラー夫人の手助けによって、ようやく大切な秘密を手に入れます。秘密を持っていればちがったひとになれる、というのは、たとえ他人にはわからなくても、本人にとっては本当に大事なことなのです。
彫像の秘密をクローディアと共有した夫人も、クローディアに秘密にしたままのことがあります。それは夫人なりの、秘密を共有するかわりの別の楽しみです。
わたしには、わたしを特別にする秘密がなにかあったかしら。そんな大それた秘密は抱えていないと思うのですが。
秘密が人を特別にするのであれば、なにかとんでもない発見をして秘密にしておくのも、楽しいかもしれません。