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シャギー・ベイン【読書感想文】#本代サポートします みんなの読書感想文

 本書の著者、ダクラス・スチュアートがまだ子どもだった頃、彼の家には本がありませんでした。アルコール依存症の母親が、収入源である給付金の多くをお酒に使ってしまうからです。母親がお酒や自傷行為に走るのを食い止めたくて、彼は母親と一緒に物語を考える遊びをしていました。子どもが考えた苦肉の策がこの物語の原点です。


 読書中、心は重くなり、何度も胸が苦しくなりました。目にとまるもので美しかったのは、アルコール依存症の母親アグネスの容姿と、息子シャギーの言葉使いだけでした。私の脳内は本を読んでいる間も、これを書いている間もずっと、ブルーハーツの曲『リンダリンダ』がこだましています。ドブネズミみたいに穢れた物語なのに、写真には写らない美しさがあるから、胸の苦しさも忘れて、物語の世界に没入していました。

 例えば、泥水の水たまりに油が浮いていて、その油が虹のようにキレイで、幼いシャギーは自分のお気に入りの人形にその虹を着けてあげたらきっと素敵になるだろうと思って、泥水に人形を浸けるけれど、人形は油臭くなって汚れてしまう。この状況は最悪なのに、シャギーがお気に入りの人形に虹をつけてあげたいと思う気持ちは美しく、泥水と虹の距離感が、より一層その気持ちを引き立てる。(ああシャギーと抱きしめたくなる)

 著者の持って生まれた才能なのか、10年かけてじっくり推敲してきた結果なのかは解りませんが、この筆力の高さは圧巻でした。重いテーマなのに、とても読みやすく、ありがちな不幸な話を成仏させるような自慰小説の類ではありませんでした。チャプターは30程あり、どこを読んでも濃厚な物語でずっとドキドキしていました。(緊張感の方)

 メインのストーリーはアルコール依存の母親アグネスの伝記です。長編小説で600頁ありますので、その周りを固める登場人物や世相も丁寧に描かれていました。物語の舞台であるスコットランドのグラスゴーという町の事を私は知りませんでした。廃れた炭坑の町の貧困家庭の暮らしぶりなど、生活に密着したことが多く描かれていた点も興味深かったです。

 カトリックとプロテスタントの対立が、子ども時代から生活レベルではっきり分かれていて、異教間で迎合していくことの難しさも理解しやすかった。字面ではなく体感する感覚で読めました。

 小説の中には見知らぬ地名も多く登場するので、グーグルマップのストリートビューで仮想ドライブなどにも行きました。その場所に何かが在るわけではないけれど、何も無いことを知る事も、またよいものです。

 物語に登場する、時代の転換期で社会の流れに置き去りにされた人は、イギリスだけじゃなく、日本にもたくさんいたと思います。新たな時代の転換期にある今、明日は我が身でもありますね。デジタル格差も、何歳までついていけるやらと思います。


 『依存症』は脳の報酬系と言われる神経回路のコントロールが出来なくなる病気であり、生涯治ることがないと知ったのは、私がずっと大人になってからです。私の母親はパチンコに依存する人でした。依存症は花粉症のように、許容を越えれば誰にでも発症する可能性がある疾患です。

 シャギーの母親、アグネスがアルコール依存症の会に参加した際に、司会進行役が、聖アグネスを引き合いに出し『依存症』の人を表現した台詞が、本当にそうだなと思いました。

あなたは触れるものすべてを破壊していく。愛する人たちがみな後ずさりをし、火から遠ざかっていく。お金が燃える。家族が燃える。仕事が燃える。信用が燃える。そしてすべて燃えてしまったあとも、あなたはまだ燃えている。

P324

 私の母親は有り金の全部を突っ込むことができるヤバイ人だったので、確かに自分が動けなくなるまで燃えていました。

 子どもの頃から『依存症』の事を考えていたので、私は依存する人の行動や言動が『プライド』『煩悩』『自己美憐』の、どの因子に当てはまるかを注意深く観察してしまうクセがあります。(あまりいいことではないと思っている)その中で一番厄介で、美しい因子が『プライド』だと思っていて、本書を読んでいくうち、これまであまり気にしていなかった『世代における社会の常識』も『プライド』に大きく影響していて、今更だけど、これは生きてきた世代によってその価値観が違うので解りずらいなと思いました。
 
 主人公のアグネスは1942年生まれで私の母親と同世代です。女性は結婚したら家を守り、子育てをすることが当たり前の時代。美しくしていれば、良い男性に巡り合い、愛される生活が保障されると信じている。その時代の女性が持ったプライドは、身綺麗にして、外では働かないこと。共働きが当たり前の時代に生きている私は、生活が苦しいのなら働けばいいと思うけれど、働くことが女性としてのプライドを挫くほどに恥ずべきことだと考える人は、親の世代には多くいたのかもしれませんね。同じように今私が持っているプライドは子どもにしてみれば、取るに足らないものかもしれません。

 私の父は母に売上金の集金をさせていました。母は何度もその売上金を全部使い果たすのですが、父はずっと母に集金をさせていました。私は父のことを本当に馬鹿なのかと何度も思いました。けれど、その行為もまた父のプライドなんだと今は思います。お金を失うことよりもずっと、母を信じることの方が父にとって大切だったからです。

 著者はあとがきに、『アルコール依存症のこと以前に、この物語は愛について語っているのだ』と書いていました。傍目には解らない、むしろ滑稽でしかないことの中に、人の尊厳だったり、愛があることを教えてくれた両親は、社会に取り残された側の人だけど、私はそのプライドを美しいと思っている。

愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない 
決して負けない強い力を僕はひとつだけ持つ 

 母のことを想うときは、何故だかいつもブルーハーツがこだましているみたい。母が亡くなったときもハイローズの『即死』がこだましていた。


 この感想文は、かなこさんの初企画『本代サポートします』に参加した本の読書感想文になります。今回、企画への参加を表明した私のレシートが『父の本代』の本来の趣旨から外れたもので提出してしまい、大切な思い出のイメージを別のかたちで、伝播してしまったこと、深くお詫び申し上げます。そして、こちらの至らなさを受けとめ対応して下さったこと、また、この本を手にする機会を与えて下さったことに感謝しております。

かなこさん ありがとうございました。


↓ 参加したのはこちらの企画


さてさて、次の本は『ほんのささやかなこと』にしようかな。
発売日に本屋さんに行ったら置いてなかったけど・・・。
予約をするか本屋さんを巡るか悩ましい。


読書の秋はやっぱり楽しいです!


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