アルコール依存症を誤解しない

先日、某アイドルグループの元メンバーが飲酒運転による事故によって逮捕されました。前回の報道や最近の流れから、個人的にはビックリしたのと同時に「やっぱりなのか…」という少し残念な感情が入り交じっています。

そんな中、連日のようにワイドショーやネットで「アルコール依存症」について触れられていますが、相変わらず間違った情報や誤った認識がたくさん流れていて、憤りを感じつつも、毎度の展開に辟易としていたりもします。

という訳で、前回「薬物依存はなぜ恐ろしいのか」に引き続いてアディクション関連で、いち医事課員視点から書き綴ってみようと思います。いつもの事ですが、あくまで医事課員の知識・経験からの話なので、深い内容の事については、それぞれでご確認いただければと思います。


・「沢山飲むからアルコール依存症」ではない

よく間違われるのですが、大酒家や常習飲酒者がみんなアルコール依存症という訳ではありません。確かにその可能性は大きくなりますが、要因の一つであるにすぎません。逆に「お酒は苦手」「あまり飲めない」という人でも、アルコール依存症になる事があります。

アルコール依存症の定義は本やサイトによって少しずつ異なりますが、個人的には「アルコール摂取に対して、自分の意識とは無関係にコントロール出来なくなる」事だと考えています。

体調や予定、状況や環境などによって断酒や節酒をする事はあると思いますが、それが出来なくなってしまうのです。自身の意志とは関係無く、「今日は飲まない」と思っても飲んでしまう、「後1杯だけ」が終わらない、といった感じです。

しかも飲酒量が尋常ではなく、私がこれまで見たカルテの中には「ウイスキーを毎日ボトル5本」「焼酎を一晩で10ℓ」みたいな、ビックリするようなものがゴロゴロ出てきます。(こういう所から「沢山飲むから…」と思われるのかもしれません)


・アルコール依存症は「否認の病」

日本人の約1%は、生涯でアルコール依存症に罹患するんだそうです(参照:日本人の飲酒傾向 - 依存症対策全国センター)。決して多いと感じる数字ではないかもしれませんが、「100人に1人いる」と考えると、職場や住んでいる地域…と範囲を広げていくと「思ったよりもいるんだな」という感覚は得られると思います。

当院にもアルコール依存症の新患は毎日のように来ますが、ほとんどの方はアルコール依存症である事を認めません。なぜなら、そのほとんどの人は「酒くらいすぐに止められる」「アル中なんかじゃない」と、自身の状況をよそに否定します。(ちなみに、アルコール依存症とアルコール中毒は全く違う病気です)

以前書いた「精神科は『受診するまで』が難しい」でも触れましたが、精神疾患を受け入れる人はあまりいませんし、アルコール依存症においてその傾向は顕著です。なので、家族や周囲の人達は疲弊しながら説得しますがなかなか応じず、やっと受診にこぎつけても「違う」と否定します。

しかし、アルコール依存症の治療は「自身がアルコール依存症である事を受け入れる」ことから始まります。なぜなら、強制的な治療はできませんし、本人の意思がなければ、治療を行っても逆効果になってしまうからです。


・なぜアルコール依存症は誤解されるのか

アルコール依存症の治療は、基本的に「お酒をずっと飲まない事(断酒)」です。「当たり前だろ」とツッコまれそうですが、自分の意思でアルコール摂取がコントロール出来ないので、患者からしたら断酒はとても難しい事なのです。

断酒を継続できるように、身体的疾患の治療や生活習慣の整理、アルコール依存症や飲酒についての学習、AA(アルコホーリクス・アノニマス)や断酒会といった自助グループの参加などによって、アルコールとの距離を置く体制を整えます。

「1日、また1日…」と、断酒生活は積み重ねの日々なので、考えるだけでも大変です。しかし、ちょっとしたきっかけで再飲酒してしまう事(スリップ)があります。これも、本人の意思だけでは抗えません。

(専門の方に怒られるかもしれませんが…)例えばダイエットをイメージすると分かりやすいかと思います。ダイエット法や食事などを色々勉強し、毎日体重計に乗りながらコツコツと努力を積み重ね、目標達成に向かいますが…途中で飲み会やスイーツなど様々な障害があり、誘惑に負けてしまう…なんて経験をした事がある人も多いのではないでしょうか。

そんな時に「意志が弱い」「努力が足りない」と言われた経験はありませんか?ダイエットならその指摘は間違いではないかもしれませんが、アルコール依存症の場合は「自分の意思ではコントロール出来ない」のです。「分かっていても止められない」という、苦しい状況が続くのです。

私の経験ですが、泣きながら「お酒が止められないんです…」と電話で助けを求めてこられた患者を対応した事があります。最近では夜勤の時に、スリップしているのに徒歩で来院して、途中で転んだらしく怪我もしているのに、「デイ・ケアのスタッフに僕が来た事を伝えてください!」と何度も言う方もいました。

「止めたい」という願望と、「飲酒してしまった」という罪悪感に挟まれるため、お酒を飲んでいても飲んでいなくても、アルコール依存症の方は日々苦しんでいるのです。



これって、最初に出てきた某アイドルの元メンバーの状況と似ていませんか?

私程度の知識や経験であっても、彼の今の状況や心の苦しみを慮れば、メディアでの言われ様には怒りと切なさを感じずにはいられません。

飲酒運転自体は悪い事ですし、罪は償わなければいけません。しかし、それ以上の事に対して踏み込むのであれば、メディアであろうと個人であろうと、正しい知識と根拠を持って発言するべきだと思います。

別にファンだったとかではないですが、医療従事者の端くれとして、心から彼の回復を祈っています。

ありがとうございますm(_ _)m精神科の風評向上のために使わせていただきます。