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忘れるために読む、残すために書く
忘れるために本を読んでいるのではないか、と思ってしまった。
先週、本棚の整理をしていたときのことだ。
本棚の奥から、ずいぶん前に読んだ本が何冊か出てきた。片付けのつもりが本を眺める時間になってしまい、気づけば本棚の前に寝転がって、次々と本を手に取っていた。
「あ、この本、面白かったな」
「これ、確か友人におすすめされて買ったんだっけ」
「読みたいと思って買ったのに、読んでない......」
本というのは不思議なもので、ただそこに並んでいるだけで、その本を読んでいたときの自分の気持ちや状況、買った場所や時期までも思い出させてくれる。
そのなかで、一冊の自己啓発本を手に取ると、たくさんの付箋が貼ってあった。付箋の箇所を読み返してみると、そのときの気持ちが蘇る。
「大事!」
「明日から実践する!」
「これで人生が変わるかも」
などと、心に響いて自分を変えたくて、付箋を貼っていたのだ。
思わず笑ってしまった。
昨年買って読んだ本だ。当時の私は、この本に書かれていたことを「人生を変える魔法の言葉」のように感じて、すぐにでも実践しようと熱い思いで付箋を貼ったはずだった。でも、実際にはどうだっただろうか。
熱に浮かされていたはずの私は、一体どこへ行ってしまったのだろう。
思えば、これが私のパターンだ。
新しい本と出会い、「なるほど!」「そうか!」と目から鱗が落ちる体験をし、「明日からこれを実践しよう」と心に決める。でも、翌日になると熱は冷め、そして数日後には本の内容すら忘れている。
それならば、なんのために本を読んでいるのだろう? 読んだ瞬間に忘れていくなら、ただの時間の浪費ではないか。私はまるで穴の開いたバケツに水を汲み続けているようだ。
そんなことを考えながら、付箋の貼られた本を一冊、二冊と読み返してみた。不思議なことに、読み進めると、確かにこんなことが書いてあったなと思い出せる。まったく記憶にないわけではなく、どこかの引き出しの奥底に、ちゃんと記憶はあるのだ。でも、日常の中で必要なときに引き出せていない。
考えてみれば当たり前のことかもしれない。私たちの脳は、使わない情報を削除するように設計されている。毎日活用しない知識は、どんどん奥へ奥へと押しやられていく。
ある言葉を思い出した。「アウトプットなきインプットは、ただの趣味である」。どこで聞いたのか、誰の言葉なのかは定かではないが、この言葉が今の私にはやけに響く。
そうだ、アウトプットだ。
私は読書メモをつけようと何度も試みてきた。スマホのメモアプリに書いたり、ノートに書き出したり、付箋を貼ったり。でも、これといって続いたためしがない。三日坊主どころか、一日坊主になることも多々ある。
なぜ続かないのだろう。それはきっと、メモを取ることが目的になってしまい、そのメモを何に使うのか、どう活かすのかという視点が欠けていたからではないだろうか。
その本、その知識を、自分の人生にどう組み込むのか。それを考えずに、ただ「良いことが書いてある!」と感動して終わっていたのかもしれない。
読み終わったら終わりではなく、始まりなのだ。
ふと思い立って、スマホを手に取った。
前に使っていた、読書メモのアプリを開いてみる。最後の記録は今年の年明け。「今年こそ、本の知識を血肉としていく!」と意気込んでいたことを思い出した。なんだか恥ずかしくなる。
でも、過去の自分を責めても仕方ない。大切なのは、これからどうするかだ。
今日から、読書メモの取り方を変えてみよう。「これはいい言葉だ」と思った箇所をただメモするのではなく、「これを明日からどう活かせるか」「自分の生活のどこに取り入れられるか」という視点でメモを取ってみよう。
そして何より、知識をアウトプットする機会を増やそう。友人との会話の中で、学んだことを話題にしてみる。日記の中に取り入れてみる。このように文章を書いてみる。
そう考えていると、心が少し軽くなった気がした。これまでは「本をたくさん読んでいるのに、なぜか成長している気がしない」というモヤモヤがあった。でも、それは当然だ。インプットばかりで、アウトプットが足りていなかったのだから。
片付けのためにと手に取った本たちが、思わぬ気づきをもたらしてくれた。本棚の整理はまだ半分も終わっていないが、それはまた来週末にしよう。今日は、この気づきを形にしておきたい。
そして、まさに今、こうして文章を書いている。この行為自体が、一つのアウトプットだ。この文章を書くことで、アウトプットの大切さについて自分自身の理解が深まっている。思考が整理され、自分の中で腑に落ちていく感覚がある。
今日から、少しずつでもいい。読んだ本の内容を誰かに話してみたり、SNSに投稿してみたり、日記に書いてみたり。アウトプットの形はいろいろある。私にとって負担にならない方法で、継続できる方法で、少しずつアウトプットの習慣を作っていこう。
あの付箋だらけの本を、もう一度読み直してみよう。そして、そこからどんな行動を起こせるのか、具体的に考えてみよう。今度こそ、付箋に書いた「明日から実践!」を、本当に実践してみようと思う。
そうすれば、1年後の自分は、きっと少し変わっているはずだ。少なくとも、本棚の前で「あれ?この本に何が書いてあったっけ?」と首をかしげることは減っているだろう。
縁があって私の元に来た本たち。
私の人生を豊かにしてもらえるように活用していきたい。そうしたら、本も著者も喜んでくれると思うのだ。
どんどん新しい本が欲しくなってしまうけれど、まずは今ある本たちを読み返してみようと思う。