137.恋とか愛とか
最近読書の時間が1日あたり5分ほど連続で取れていて、豊かな時間の過ごし方だなと感動しています。
ちなみに今読んでいるのは「手紙屋」という小説をKindleで読んでいます。
めちゃくちゃ刺さってます。本を片手に何度そのページで止まって思考を
巡らせたことでしょう。そのくらい素敵な本です。
考えさせられる本です。
まあそんなかんなで今日のテーマは「恋とか愛とか」
恋と愛が合わさって恋愛。
恋と愛の違いってなんなのってずっと思っているんですけど2つだけ知っていることがありました。
知っていたというか聞いた話です。
①それぞれを表す「漢字」についてです。
「恋」は「心がした」にあるから「下心」
「愛」は「心が真ん中に」あるから「真心」
なるほど。
つまり恋愛は「真心と下心」が融合しているのかな。
それぞれの割合はどんな感じなんだろうなあと気になりますね。
②これは中学生の時の家庭科の先生が言っていたものです。
「〜だから好き」は「恋」
「〜だけど好き」は「愛」
恋愛はどっちも兼ねている状態なのかな。
好きな人の好きなところって答えるの難しくないですか?
そこらへんのありきたりな言葉で表したくない気持ちになりませんか?
それとできたら彼の素敵なところを独占したい気持ちが生まれませんか?
そんな概念的なものは誰かが決めている「わく」に過ぎないので参考程度なんですけどね。
「愛情」ってなんであんなに目に見えないのに感じるんでしょう。
本当に切なくて不思議な気持ちになるんですよね。
昨日話になったのは
「その人のために行ったことが身を結ばなかったときに自己申告するかどうか」という話で盛り上がりました。
それが「愛」だとしたら「自己申告」はしない。
自分の行動に対して「見返り」を求めることがないから。自分がしてあげたいという気持ちだけだから。
それが「恋」だとしたら「自己申告」はする。
これだけあなたのためにやってる私を認めてってことだから。自分がしたら相手にもしてほしくなるから。
まあこんな話をダラダラと話していました。
正解も不正解もないし、是が非もないんだから自由でいい。
ただ感じるのは「あの時のあの人の行動は愛」だったんだってことを再認識することでした。
とっても愛されていて大事にされていたのを哲学する中で改めて自覚するんです。
とっても幸せ者だなって思うんですよね。
少しのすれ違いと過去に縛られてしまっているお互いの状況から脱する必要があったので離れたんです。
だけど深過ぎてしばらくは抜けられそうにないので
遠くからしっかり応援したいなと思っています。
書くか迷ったんですよね。私情だし、感情整理を行った上での結論でもちゃんと残しておきたかった。
あの時の私はこんなに幸せで愛されていて恵まれていたという事実と
自分が互いのためのベストを考えたときに、抱え込んだ感情を開放してあげたかっただけです。
私はきっと「#彼氏のいる生活」に憧れている恋愛をしてきたから
本当の「愛」に触れた時にそれが尊過ぎてどうやって受け止めたらいいのかわからなかったのかもしれないのと、相手がいいよいいよって言ってくれるからそこに頼り過ぎてしまっていたと思うんです。
やることとやらないこととちゃんと決めて自立する。
一緒にいてさらにお互い向上できるようになったらまた会えると思っておきます。今はそんな気持ち。