『歌壇』2024年7月号
①天金の書(しよ)を読むごとく寺町の老木桜(おいきざくら)の開花を仰ぐ 高野公彦 今ではすっかり珍しくなった天金の書。老いた桜の美しさと響き合う。寺町という地名も古いものだろう。古いもの老いたものの美を感じとる主体。共鳴するところがあるのだ。
②春雨ぢや濡れてまゐらう亡きひととともに濡れつつこの世を歩く 本田一弘 「月形半平太」の台詞。ちょっと気取って傘をささずに歩く時の定番台詞だ。亡き人と共に歩くという設定で、一つの失われた時代を暗示する。モノクロ映画ような情感が一首に漂う。
③吉川宏志「かつて源氏物語が嫌いだった私に 若菜下」
〈紫上は、源氏が若くて身分の高い女三宮と結婚したことで、心を深く傷つけられました。それでも女三宮や明石君とできるだけ親しく交際することで、源氏の暮らしている六条院が、女たちの憎しみの生じない平和な場所になるように努めていました。〉
これも紫上の一つのプライドの高さだと思う。そうまでして自分の体面を保たなくても良かったのに、と痛ましい思いがする。結局その努力が自分を蝕んでいくのだ。もっと感情を表に出せば良かったのにと思ったりする。
この連載を読んでいるとついつい現代のことのように思えてしまうな。
④塩梅を確かめながら送り合う社内メールのわれは善きひと 後藤由紀恵 忖度し合いながら送る社内メール。そこでの自分は他人を思いやれる「善きひと」なのだが、それが自分の本当の姿ではないことがこの一首から透けて見える。そう見えるよう振舞うことが負担なのだ。
2024.6.28. Twitterより編集再掲