『塔』2023年1月号(1)
①吉川宏志「年頭所感」〈今年も九月九日(土)・十日(日)に福岡国際会議場でシンポジウムと全員歌会を行います。ぜひご参加ください。川本千栄さんの新しい評論集『キマイラ文語』が評判で、よく引用されています。そこでシンポジウムのテーマは、文語と口語に関するものにしたいと考えています。〉
吉川宏志主宰の「年頭所感」で『キマイラ文語』に触れていただきました。ありがとうございます!それだけではありません。ここにあるように今年の「塔」の全国大会は福岡国際会議場で、文語と口語に関するテーマで行われます。
全体歌会は塔会員のみですが、シンポジウムはどなたでも参加できます。ぜひご参加ください!福岡は今短歌がアツい…。ぜひ塔以外の方にもたくさん来ていただいて、たくさんお話したいです。おいしいものも多そう…それも楽しみ!
②透きとほるひかりのなかの菊人形過去の向かうに大過去のあり 梶原さい子 英語の大過去は過去より以前に常にあるものではない、短歌の評で時間表現に「大過去」が使われるたびに私はこう反発してきた。しかしこの歌では大過去から過去へずっと続いてきた菊人形がしっとり浮かび上る。
やはり、大過去→過去→現在、という時間の流れの捉え方は日本語の観念なのだなあと思う。(だから現在完了が分からない日本語話者が、過去完了の大過去だけはすんなり理解するのだ。)まさにこの菊人形のよう。自分の知っている過去よりもっと過去から、菊人形というものは在ったのだ。
③立ち漕ぎの汗の少年 自転車はつやめく四肢を持ちたる僕(しもべ)大引幾子 上句で簡潔に少年の状況を、下句でゆったりと自転車を描写する。艶やかな自転車に対する少年の微かな暴力性。自転車は少年にとって僕であるが、支配する者とされる者の関係は微妙に反転する。僕=自分、とも。
④「次からは納体袋買つておく」コロナ対応まだ終はらざり 竹井佐知子 施設の一利用者がコロナ陽性になり、部屋を移動した、その人は戻ることはなく、新規の利用者が部屋に入った、連作のそうした流れの中で次にこの歌が来た時、怖ッと思った。現場の生々しさ。納体袋という語が強い。
⑤特集「河野裕子記念シンポジウム&塔短歌会全員歌会報告2022」9月10日(土)11日(日)の二日間、京都産業会館ホールで開かれた「塔短歌会」の大会記録。3年ぶりの全国大会に400人超の人が集まった。熱気に満ちた二日間を思い出す。対面での全国大会を行った結社は少数だったのでは。
初日「河野裕子記念シンポジウム」(一般公開)、二日目「塔短歌会全員歌会」(会員のみ)。
二日目の全員歌会の報告記で谷口美生様に川本千栄の一首を引いていただき、評をいただきました。〈不穏でひりひりした一首。上句、デルフィニウムやラークスパーなどの青い有毒の小花を連ねた花束か、シェイクスピアに出てきそう。(…)〉植物に詳しい評者のコメントがうれしい。歌の方はまた手を入れて、今後の連作に入れたい。骨折して入院していた時に、何度も推敲した歌だけに評をいただけてとても幸せ。
⑥綻びたきみの縫い目のあたりから春のいばらはこぼれはじめる はなきりんかげろう きみは人間だろうが、ぬいぐるみのように縫い目があり、しかも綻びている。そこから茨が零れ始める。中に茨が詰まっているのだ。茨は花より棘のイメージが強い。花びらと棘だらけの茎がちらっと見える。
下句のラ行音とバ行音の多さが、どこかぐるぐると目まいを誘う。同じ春の白系の花でもおそらく桜ではだめなのだ。イメージも優し過ぎるし、音もバ行音のパンチが無い。棘だらけの茎も無い。触れたら傷つくような棘が、綻びた縫い目から見えてこその歌なのだ。
⑦絶対にハブは食べないで生ごみで捨ててください波布酒蔵元 伊藤京子 ハブ酒のラベルを見ての歌。中のハブを食べる人がいてそれは身体に悪いということだ。逆に身体にいいと思って食べるんだろう。目を見開いたまま人に食べられているハブが浮かぶ。怖いけど、とぼけた雰囲気のある歌。
⑧「歌人のあなたに聞きたいことがある」と言い息子はたずねる俳句の書き方 片山楓子 息子よ、お前もか・・・。短歌と俳句を間違う人は大体、短い方が短歌?と言ったりする。この歌の魅力は母親に「歌人のあなた」などと大人びた言い方をしながら、根本が間違っている息子の可愛いさ。
⑨激突ししゃがみこんでるウグイスの目が問うている「どうしたらいい?」 小林則子 ウグイスが「しゃがみこんでる」。しかも、言葉が通じないはずの人間と鳥でコミュニケーションが成立した!一瞬の気持ちの交流。介抱できるものならしてあげたいが、きっと逃げてしまうんだろうな。
⑩「よかったら」が「一緒にやろう」の上に付く積木に誘う五歳二か月 白井陽子 幼いのに相手の事情に配慮して、「よかったら」などと気遣いの言葉を付けて積木に誘ってくる。無邪気さがないようでいて却って可愛い。どこでこんな言葉を覚えたのか、作者が誘いを断るはずもない。
⑪生きてゐる実感を得るそのために新しきものまた買ひ求む 新谷休呆 なぜ必要の無い物を買ってしまうのかと考えると、買う瞬間のわくわくする感覚が好きなのだ。この歌の言葉を借りれば「生きてゐる実感」。これで満足するのは違うのでは、という思いもありつつ、やはり買ってしまう。
2023.1.30.~2.1.Twitterより編集再掲