『かりん』2023年5月号45周年記念特集号
①45周年おめでとうございます!結社の記念号が立て続けに出ている。すばらしいことだ。長く続けるということは大変なことだとしみじみ思う。特集テーマは「短歌の未来に向けてー多様と包摂」。
②齋藤芳生「生きること、働くこと、詠うこと」
首都高の高さの窓で息をつくあいつはだめですと俺も言う 西藤定
〈人が働き手として容赦なく評価され、その評価によっては切り捨てられる「職場」の現状が詠われているが、注目したいのは「息をつく」という三句目である。「あいつはだめです」と答えながら、実は次に誰かに同じように言われるのは自分かもしれない―そんな張り詰めた精神状態が垣間見えないだろうか。〉
西藤の仕事の歌にある緊張感、何層かに分かれた心理状態を掬い取って的確に評している。
③齋藤芳生
ミスコピーされた資料を縦に裂き羽化しなかつたなにかをおもふ 千葉優作
〈千葉が詠っているのは誰もが経験したことのある、あるいは見聞きしている「職場」での一コマである。(…)「ミスコピーされた資料」を捨てる時のちょっとした罪悪感や心の痛み。〉
齋藤は看護師、研究者である作者の具体的な仕事内容が詠われた歌も紹介している。どの歌の評も読み応えがある。
〈詠いにくいのは、「仕事」や「職場」にはいつも、たくさんの生身の人間がが存在しているからだ。私たちが一日の時間の大半を費やす「仕事」やそのための「職場」を詠うことは、「報告」でも「記録」でもない。私たち人間を詠うことであり、社会を、そして世界を詠うことではないか。〉
これに続く結語部分もとても良かった。具体的なテーマで丁寧な評に貫かれた論だと思った。
④貝澤駿一「〈ケア〉の領域」
毒舌を吐かない父は知らぬ父 呆けてよかったと思う日もあり 笹公人
もう喋ることさえできぬ父の目に愚鈍な介護士として映りいるわれか 同
〈歌人としては華やかなイメージがある笹の一連の境涯詠には、〈ケア〉の営みを通して関係を深化させること、親子という硬直さから、〈ケア〉するものと〈ケア〉されるものという複雑で人間味のある関係に解放することの価値を見出すことが出来る。〉
ケアという語を通して、短歌を読み解いていく論。笹公人の歌についてのこの箇所は特に深く心に刺さる評だと思った。
⑤貝澤駿一
「ちっぽけな私」と受話器に泣いている同級生はまたも看護師 平山繁美
人よりも看護師として期待されもうずっとずっと白夜に生きる 同
〈平山作品では、コロナ禍の到来によって様変わりした〈ケア〉労働の深刻さが歌われているが、それは我々がいかに〈ケア〉労働の恩恵を受け、ほとんど依存した状態であったかを突き付けている。〉
職業として、人を〈ケア〉する歌への評にも大きく頷いた。これに続く結論部分には、単に歌の評、歌に対する論という以上の問題意識の深さがある。〈ケア〉という、問題の絞り込み方がまず訴えて来る。
⑥郡司和斗「短歌の中の他者性」
〈作品に共感したりエモくなったりすることそのものは批判されるべきことではないと思うが、そこに読みの視点が閉じていくことについては踏みとどまって考える必要がある。しかしこの問題の難しさは、そうした批判を行うことすらもある種の「共感」や「エモさ」に回収されてしまうことにある。〉
このあたり、引き付けられた。次の「わかる」「わからない」の確認において著者は〈どちらの視点も読みに他者性が欠如している〉と説く。
〈ここで僕が言う「他者」とは、作品ー読者間で言語ゲームが通じあえない領域のことである(柄谷行人『探求Ⅰ』)。〉
この「他者」の定義にもう少し説明が欲しいのだが…。説いていることは首尾一貫しており、短歌のわかるわからないを巡る話に対して、今求められている論だと思った。
⑦「座談会 かりん集・若月集・山花集を読む かりんの歌の多様性」米川千嘉子・梅内美華子・遠藤由季・丸地卓也・辻聡之
『かりん』誌の中の三つの集について、作品を上げて評をしていく。見開きで7ページもある充実した座談会だ。特に印象的だったのは、一人の作者を、その背景にもある程度共通理解を持ちつつ、長期的な視点で、その作品の変遷を追っていることだ。これはやはり結社誌の長所と言うべきだろう。お互いの作品を読み合う仲間のいる安心感が伝わる企画だ。
⑧川島結佳子「時評」
〈歌集の復刊が相次ぐ中、岡崎裕美子の第一歌集と第二歌集の合本『発芽/わたくしが樹木であれば』が文庫本として発売された。〉
〈『発芽』は、誰かを受け入れる「からだ」が強調される一方、主体の意志が曖昧な歌が多い。〉
〈第二歌集には夫の他に、恋人と思わしき人物が登場するが、恋人との恋愛に溺れることも、夫に肩入れすることもない。〉
第一歌集、第二歌集の合本というと、「雁書館」の「2in1シリーズ」が思い浮かぶ。一人の歌人の初期の歌を辿るのにとても有益だ。この時評でも、第一歌集の特徴と第二歌集の特徴を比較する筆致に自然となっている。復刊ということで全く初版を復刻するのも一つだが、このような合本も歌人論を論ずる上での考慮すべき選択肢だと言えるだろう。
2023.5.18.~21. Twitterより編集再掲