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『塔』2023年5月号(3)

十八歳無限のやうで無限でない未来に我は助言できない 高松恵美子 十八歳の若者に接している主体。「無限の未来」などと言われることがあるが、実際には未来は無限ではない。それは年齢を重ねた者なら誰でも実感している。だから助言など軽々しくできないのだ。

隣り家のをさなは路上に大好きと言ひつつ描けり蝶々とママを 飯島由利子 蝶々、ママ、どちらも音の繰り返しが心地よい語だ。絵の蝶々とママは同じぐらいの大きさだったのだろう。子供の絵は、縮尺のおかしいところが愛しい。いつまで無防備に大好きと言ってくれるのか。

少しだけ高いアイスが歯に染みるみんなわたしを嫌いな夜に 大和田ももこ 誰からも嫌われているような気になる時はある。確認はできないのだが。嫌な気分を紛らわすための贅沢が、「少しだけ」高いアイスというのが身近過ぎて物悲しい。またそれが歯に染みるところも。

カプチーノに描きしプードル犬好きのわれに差しだす珈琲屋さん 加藤京子 二句切れ。馴染みの仲なのか、主体の好きなものを知って描いてくれた。きっと練習してくれたのだろう。ほんのちょっとした、こういう繋がりが実は貴重なのだ。結句の柔らかい言い方も合っている。

娘と二人公園に来て「つまらない」と叫ばれわりと傷ついている 神山倶生 娘は何歳ぐらいだろう。ずいぶん率直だ。育メンな自分を感じながら公園に来たが、現実は予想通りにはいかない。どう遊べばつまらなくないか、見つけられないのだ。「わりと」が効いている。

借り物のいのちと思う二十五時 月といっしょに傾く身体 龍田裕子 連作の中で激務と体調不良について触れられている。自分の身体が自分のものでないような、借り物のように思えてくる午前一時。月が傾くように自らの身体も傾く。誰の命にも通じる歌だと思った。

感情はいりませんから花挿せば花のかたちとなる花器が欲し 仲原佳 上句のクールな言挙げ。人がくれる感情の裏にある偽善を嫌っているのか。そうは言っても花の形に沿う花器を求めるように、自分の大切な気持ちに沿う、何か具体的で確かな物を求める一面もあるのだ。

空はもう何も無かった顔をして誰かのために晴天でいる 水縹凛 印象的な一連だった。誰かと心がすれ違った時の気持ちを表していると取った。その最後の一首。自分と相手との関係性が終わった後も空は誰かのために晴天でいる。世界から締め出されたような気持ちを感じた。

そんなにも強く私を巻かないでオルゴールなら壊れてしまう 高山葉月 オルゴールのネジを巻くように強く巻かれている私。精神的にも肉体的にも追いつめられた状態だと取った。そしてそんな風に自分を追い立てる誰か、何かの存在がある。苦しい状況だが表す比喩が美しい。


㉙5月号P45「七十周年記念評論賞募集のお知らせ」
「塔」会員の皆様、ぜひ奮ってご応募ください。テーマ自由です。締め切りは来年2月9日、まだまだ日はありますよ。選考委員は吉川宏志、栗木京子、川本千栄、濱松哲朗です。私川本も選考委員の一人として務めさせていただきます!

2023.5.27.~28. Twitterより編集再掲

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