『塔』2023年1月号(2)
⑫はらわたを晒したのちもあかるくて石榴 わたしの嘘をえぐるよ 澄田広枝 石榴の実が熟してパクっと割れた様を「はらわたを晒した」と表現する。言いたいことを腹に溜めずに吐き出してしまうことに繋がる。表面を取り繕って、内部に嘘をしまっていることを石榴に告発されているのだ。
⑬やはらかい言葉は怖い噴き出した彼岸花へと火がついてゆく 澄田広枝 尖った言葉より柔らかい言葉の方が怖い。地から噴き出したように咲く彼岸花。その彼岸花が、火でもついたかのように真っ赤になっていく。柔らかい言葉に迫られて、追い詰められたのだろうか。
⑭閉ぢるとき虹があふれてしまふから扉はいつも半開きのまま 澄田広枝 どこの扉だろうと想像が広がる。扉の向こうには虹が一面にかかっていて、扉を閉じたら溢れてしまうのだ。だから扉はいつも半開きのまま。心の扉を言っているのだろうか。
⑮幼児から見れば不思議なことなのねジロジロ見られて座るブランコ 林田幸子 主体がブランコに座ろうとすると、幼児がジロジロ見てきた。もう一方のブランコに乗っている子だろう。なぜこんな大人が乗るのか。子供用なんですけど。思うけど言わない。不思議に思う気持ちは伝わってくる。
⑯穏やかに常に笑顔の亡き祖母のたんすより出づる三尺の太刀 大木恵理子 三尺というと約90㎝。1m近い。そんな大太刀が祖母のたんすに入っていた。いざという時に身を守るためか、身を守れない時は自害するためか。古い時代の覚悟という語を思い起こさせる。
⑰おまけにとピンクのマスコットをくれぬ目と口のあるものがまた増ゆ 髙野岬 軽い気持ちでおまけをくれるのだが、もらう方には微妙に負担だ。「目と口のあるもの」という把握がいい。人の形、実在の動物の形をしているものは捨て難い。そうでなくても目と口があるだけで捨て難いのだ。
⑱口をつぐむことはできてもわたくしのこころは空とつながつてゐて 岡本伸香 何かの理由で言いたいことが言えない。だからあくまで自分の意志で口を噤む。しかし心は空に繋がっている。心の一部は解放されている。そのことが自分にとって救いのようになっているのだ。
⑲平家の末裔名乗る級友三人(みたり)あり源氏を名乗る人はいなくて 橋本恵美 確かに源氏の末裔って聞いたことがない。一族の最後まではっきり分かっているからだろうか。平家なら落人伝説もあり、末裔という語が似合う。しかしクラスに三人とは。「名乗る」の繰り返しがリズミカル。
⑳猫じゃらししずかなまひる揺れゆれて日本のかたちに台風がくる 冨田織江 静かな真昼に猫じゃらしが揺れている。やってくる台風の風を感知しているのだろうか。「日本のかたちに」台風が来るという捉え方に惹かれる。周囲の海にも来ているはずだが、意識されるのは人の住む場なのだ。
㉑佐藤涼子「ロック・ポップスの歌」お茶の間安心ロックの対極にありそうなミッシェルガン・エレファントもミュージック・ステーションには出ていたんですね…。不穏な感じは前川佐美雄と繋がるかもしれない。私自身は日本語の歌詞の曲を聞きながら、日本語の文章を読めないんだけど。
㉒十六夜の光こぼれて振り返る千年のちの広沢の池 田巻幸生 作者はどこにいるのだろう。まるで千年前の世界にいるようだ。そして振り返った時、千年の月日が経ち、先ほどの地点から千年のちの広沢の池を見ている。時空を超えた感覚。古典の世界に意識が入り込んでしまっているのか。
㉓そんな強く抱いたら痛いと言うような扇風機捨てにゆく夜の途 丸山恵子 夏のある夜扇風機を捨てに行った。ゴミ捨て場まで少し夜の途(みち、と読んだ)を歩く。初句二句は抱いている扇風機の言葉。捨てるのがどこか辛くて、強く抱きしめてしまったのだろう。じっとり暑い夜が浮かぶ。
㉔うす墨のペンをさがしてひきだしを開ければゆれているほそい過去 浅井文人 元々薄い色なのか、古くなってかすれ始めたペンなのか分からない。香典袋に書こうとして探しているのだ。引き出しを開けると、そこで不意に故人との思い出の物に出会った。細い過去、という表現に惹かれる。
㉕家々に信楽の狸辻々に飛び出し小僧近江路に秋 田中美樹 信楽が近いからか近江路では家々に狸の置物が置かれている。どこか昭和かそれ以前の雰囲気。そして飛び出し坊やも飛び出し「小僧」と呼ばれることで何だかレトロだ。近江路にハイキングに行きたくなる、楽しい気分の歌。
㉖リアルにはリアリティなし しまむらで買ひたる服を脱いだら全裸 宮本背水 現実には現実感が無い。むしろフィクションに現実感を感じているのか。安い服を部屋で脱ぐ、そんな日常には現実感がないのだ。どこで買った服でも全部脱いだら全裸だが、しまむらという限定に現実感がある。
2023.2.2.~2.4.Twitterより編集再掲