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『塔』2023年3月号(3)

手をにぎり自分を生きてと言はれたり抗がん剤に耐えゐるひとに 中村みどり その「ひと」はもうぎりぎりまで自分を削いで生きている。作中主体が色々なものを背負っているのが見えたのだろう。それを捨てて、自分を生きて欲しいと訴える。むしろ励ましてくれたのだ。

焚べるべき火ではなかつた感情は燃えたり殺したりいそがしい 近藤由宇 二句切れと取った。自分で自分の感情を大きく煽ってしまったのか。燃えたり、は感情が燃える、殺したり、は感情を殺す、と取った。自分で焚いておきながら、制御できない感情に翻弄されている。

月蝕はいよよ純度を増してゆき地に住む我れにもう枷はない 小林純子 2022年11月の皆既月食だろうか。月の姿が変わってゆくことを純度で表している。どんどん月蝕が進むにつれて、自分が解放されていく感覚を持つ。普段、自分に「枷」を感じているからだろうか。

ガリア戦記読み返さんと手にすれば岩波文庫の文字小さかり 縣敦子 若い頃読んで感動した本をもう一度読み返そうと思った。しかし、昔楽々読めた文字が小さすぎて読みづらく、おそらく断念した。加齢あるある短歌にならないのは『ガリア戦記』という選びの強さと渋さ。

㉘佐藤涼子「平出奔歌集『了解』評」
終電の一本前で座ってる誰もを僕と呼べそうだった
つらかった、とかじゃなくすごいふつうに、死のう、な時期に食べていたもの 平出奔

〈深夜の電車に乗っている疲れ切った人々と主体との境界があやふやな一方で、日常的に死ぬことを考えていた時期を他人事のように何の感情も交えずに振り返っている。私は、この距離感は、自分の感情を一四〇文字以内で呟くTwitterユーザーの客観性だと感じた。〉
 平出奔の短歌の新しさや魅力を、人が言語化しているものをできる限り読みたい。私自身まだ、言語化できていないし、そのためのヒントが欲しい。平出の歌の魅力には、色々な切り口があって、そのどれもまだ十分に語られていないと思うのだ。

長い首押し出し一心に白鳥よ鳴きながら冬を連れて来るなり 伊藤暢子 初句二句で白鳥の姿を描写している。「押し出し」はなるほどなと思うが、やはり見ていない者には使えない言葉だ。下句も情感があると思った。四句八音が効果的。白鳥の飛来する地の人の歌だ。 

ああ、みんな死んでゆくんだ安堵して茶がかってきた山を見ている 海野久美 初句二句を実感した時、不安になるとか悲しくなるとかだと当たり前だが、安堵する、というところがいい。山が、葉を落として茶色くなってくるのを見る。下句の景が、上句の情に呼応している。

おそろいの呪いなんだね 白米がきらきらしてて素晴らしい夜 西村鴻一 初句二句に強く惹きつけられた。何とあるいは誰とおそろいの呪いなんだろう。おそろいの呪いって何だろう。白米以後とどう繋がるのか。呪いときらきらする白米の、取り合わせの禍々しさが際立つ。

幸せがさびしいこともあるなんて 夜の国道沿いをゆきつつ 堀内悠子 上句が情、下句が景。下句が景と言っても漠然としている。車なのか徒歩なのか。一人なのか誰かといるのか。そしてその分からなさが上句に反映している。上句の感慨が読み手の寂しさと呼応する。

おもむろに「言いたかないけど」その後に夫は言いたきことを言いけり 堀内悠子 この前置きは矛盾のようだが、相手のために言ってあげる、あるいは相手のせいで言わずにいられないという自己正当化の元に使われる。言う側はすっきりするが言われる側は何ともたまらない。

神からの賜物かもと〈認知症〉責任感の強き母への 冬道麻子 何十年も病床にある作者と彼女を献身的に介護し続けて来られた母。その母が認知症になったことを神からの賜物かもと考える。責任感から解放されてほしいと。作者の境涯を考えずにこの歌を読む事は出来ない。

2023.3.29.~31. Twitterより編集再掲

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