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『塔』2024年12月号(1)

こんなはずじゃなかったと思う人生を但し割合気に入ってもいる 芦田美香 微妙なところ。人生は選択の積み重ね。一つ一つの選択は、その時そうとしか選べないものだったのだから、今となってはこんなはずじゃない…ままで、気に入る。そう思うと少し救いがある。

あなたにはときどきひらく窓がありにんげんは側によらないでおく 金田光世 主体の知らない、あなたの窓。ときどき開くが人間を寄せ付けない。多分、犬や猫などなら寄れるのだろう。その窓がどんなものであってもそれを含めて、主体はあなたを受け入れている。

③『年間回顧座談会』
 島根歌会の皆様と「塔」の一年間を振り返りました。司会を務めました。全国大会、塔の新人賞・短歌会賞、誌面の特集について、気になる歌人は…などと盛りだくさんな内容です。

突然に初期化に戻りしわがパソコン画面に「ようこそ」と爽やかに出づ 大木恵理子 何かを間違って操作してしまったのだろうか。それとも全く突然に?どっちにしても絶望。まっさらになったパソコンが爽やかに挨拶してくる。私のデータを返してくださいと叫びそうだ。

ユーミンのコンサートへ向かうバスの中「遺体安置所だった」という声 逢坂みずき 宮城在住の作者。コンサートへ向かっているが、開催される会場は震災時には遺体安置所として使われていた。今生きている自分達と亡くなった人々。決して消えることの無い、土地の記憶。

バイパスに乗せようとするカーナビと乗りたくはない私の攻防 乙部真実 本当にカーナビって厄介。そんなルートでは行きません、と言っても聞いてくれないし、指示と違う道を通ると、いかにもこちらが悪いかのようにしばし沈黙する。「攻防」の語にうなずく。

うらはらな心がすっと触れるたびくちびるはほら顔の生傷 乙部真実 言葉と裏腹な心がすっと触れるように思う瞬間がある。言葉に応えようと開く唇は顏に開いた傷口のようだ。今ついたばかりの生傷。「ほら」という呼びかけに、読む者にも自身の傷口が意識される。

通帳がコロナワクチン接種券の封筒より出づ吾の仕業らし 潔ゆみこ 「仕業らし」って絶対自分でしょ。おそらくもう探さなくなった頃に出て来たのだろう。あの必死で探していた時間は何だったのか。結句に万感がこもる。よく聞く話はスマホが冷蔵庫から出て来た、とか。

僕よりも先に逝くなと言いたいが君を独りにするのも不安 坂下俊郎 とてもやさしい気持ち。一人になるのは嫌だが、君を一人で残すのも不安。お互いが分身のような気持ちなのだろう。長い年月を共に過ごしたからこその歌だと思った。

脈絡の無き無難な話題の心地良く頭皮洗わるる至高の時間 刀根美奈子 確かに美容院で何でもない会話をするのは楽しい。こちらはお客だから、どんな話題でも合わせてくれる。普通の人間関係ではこうは行かない。頭皮を刺激されるのもリラックス効果抜群だ。

雨宿りみたいな恋をした場合まだ降ってても走り出すこと 鈴木晴香 何かを避けて身を寄せた場所では同じ境遇の人に共感を持ちやすい。でもそんな恋は長続きしない。まだ避けたい何かがあっても思い切って駆け出さないといけない。雨に濡れることも厭わずに。

2024.1.17.~19. Twitterより編集再掲

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