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『塔』2024年9月号(3)
⑭夏が来る、というより春の去る速度 五月雨をメールに降らせつつ 北虎あきら 心地良い季節である春はあっと言う間に去ってしまう。下句には様々なイメージが広がる。時おり湿度の高いメールのやり取りがある、というように取ったが意味的に突き詰めなくてもいいだろう。
⑮食べれると言えど字幕は食べられるテレビはわりとそこに拘る 白澤真史 私もその違和感は感じていた。耳では明確に「食べれる」と聞いているのに、目で見る字幕は「食べられる」と出る。言語学の本では「食べれる」に徐々に変化していくことが予測されているんだけれど。
⑯嫌はれた理由は教へてもらへずに地上へ出るときの強風 宮下一志 地下での出来事。誰かに嫌われた。あるいはグループに。嫌われたということは分かるが、理由は分からない。地下から地上に出るときに強い風が吹いて来る。逆風に心を吹かれている。
⑰気づかずに絮や葉つぱや恨みなど帽子のつばにのせて歩けり 伊藤文 帽子のつばに色々なものが乗っている。草の花の絮や葉っぱなど、草地を歩いたらいかにもなものに並んで恨みが乗っている。それらを乗せて気づかないまま歩いていた。他人の目に恨みは見えただろうか。
⑱「あなたは舟だった」と始まる映画観る死後のように暗いシアターで 潮未咲 暗く救いの無い毎日、対岸に渡る舟のような一点の灯りがあった。けれどそれは過去形で語られる。映画は始まるが、主体がいるのは死後のように暗い場所。闇の中でスクリーンを見ている。
⑲傷つけた人から忘れてしまうからりぼん結びのまま燃やしてね 古井咲花 主体が傷つけて主体が忘れるのか。誰か第三者か。りぼん結び、は贈り物を開けてもいない状態だろう。それをそのまま燃やせ、と。誰が誰にか分からないままおそろしく酷薄。だが口調は超ポップ。
⑳経験の浅き医師からかけられた「問題ない」を浅く信じる 立岡史佳 本当はベテランのお医者さんにそう言ってほしい。でも総合病院などでは患者は医者を選べない。この人経験浅そう、大丈夫かなあと思いつつも信じるしかない。「浅」の繰り返しで不安感が伝わる。
㉑小野まなび「7月号月集評」
かたつむりは殻が割れても生きるのかこころは割れて長くそのまま 川本千栄〈心が割れてしまい、それでもなんとか(…)心の均衡を保ち生きている、生きていかなければならない私達。〉
一首引いて評をいただきました。ありがとうございます!
2024.10.13.~14. Twitterより編集再掲