
『塔』2023年3月号(1)
①事実より緻密に嘘は語るべしカップに残るカフェラテの泡 栗木京子 事実を語る時、人は何の警戒も無く、素直に雑に語るだろう。しかし嘘をつく時は慎重に緻密にならざるを得ない。辻褄が合わないことを言わないためだ。カップに残ったカフェラテの泡が不全感を表す。
②吉川宏志「青蝉通信」
〈このような問題はときどきあって、 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ 塚本邦雄『感幻楽』 という有名な歌も、「戀ふ」は上二段活用なので、「戀ひば」が本来の活用になるらしい。ただ、時代が下るにつれてしだいに四段活用に変化してゆき、現代では「戀はば」のほうが自然に感じられる。塚本も悩んだらしいが、歌としては「戀はば」のほうが上の句との響き合いもいいので、「戀ひば」にしなかった、という話をどこかで読んだ記憶がある。〉
安田純生の『現代短歌のことば』にこのエピソードが載っている。時代が下れば活用も変化し、より現代語に近い活用を自然、実際の古語の活用を不自然と感じてしまうのだ。自分にとって自然と感じる語や活用を元に文語を使ってしまう例だと言える。
③結論の見えない話が大切でバスを待つ昼さんざん話す 岡本潤 前の歌から子と話していることが分かる。親はよく、「~すべき」などと最初から結論のある話をしがちだが、主体は結論の見えない話こそ大切と、子と長時間会話を交わす。誠実さが伝わる一首。
④これの地に鬼剣舞を踊るものそれを観るものみな鬼の裔 斎藤雅也 風土を感じる歌だ。自分の住む土地に伝わる鬼剣舞。鬼の伝説がある地は多いが、鬼を敵ではなく、自分も地域の人も皆、鬼の末裔という捉え方は見逃せない。そしてその捉え方はどこか悲しみを含んでいる。
⑤ぽぷらぽぷら傷つきやすいといいながら気づけば傷つける側にいること 中田明子 繊細な感受性。傷つくことに気づく人は多いが、傷つけることに気づける人は少ない。初句の柔らかな音韻とそれによって浮かぶポプラの姿が印象を決定する。「kizu」音の繰り返しも効果的。
⑥水甕にほそく溜まってゆく雨の、かたちをあたえられることはたやすい 中田明子 形を持たない雨が甕に入れられることで甕の形になる。何ものとも表現できない感情も言葉を与えられることで整理されてしまう。形を与えられる以前の混沌こそ大切にしたいと思っていても。
⑦遅れ来し棟梁の指示聞き終へて朝の焚火が足にて消さる 加藤宙 寒い朝、焚火を囲んで待っていた大工たち。そこへ遅れて来た棟梁が現れて、指示を出す。大工たちは足で焚火を踏み消して、今日の仕事に取り掛かっていく。とても具体的な歌。一切感情語が無いのが清々しい。
⑧AIの詠みたる歌の高邁さ少し引きたり 歌会に来いよ 落合花子 AIが膨大なデータを使ってそれらしい短歌を詠んだが、あまりにも高邁。引いてしまう。こんな歌出したら歌会でどう評価されるか。今はまだAIは歌会で研鑽することができないと知っての最後の台詞に微苦笑。
⑨選択肢に『答えたくない』が加えられ圧倒的に答えたくない かがみゆみ 言葉が無かった時はもやもやしていたものが言葉にされることですっきりする。そうか、自分は答えたくなかったんだ、という自覚。「どちらでもない」と組み合わせたら無敵の回答ができそうだ。
⑩教室へ向かう廊下のその先はモヤがかかって明日が見えない 龍田裕子 荒れる小学校で教師をしている作中主体。今の小学校ってここまで大変なのか。教室へ行きたくない思いがモヤのようにかかっている。明日が、未来が、見えない。改善の希望が持てないのだ。
⑪うっかりと犬の名でなく聞き分けの無かった頃の息子の名に呼ぶ 高原さやか 犬と聞き分けの無かった頃の息子が、作中主体の脳の中の同じ引き出しに入ってしまっているのだ。呼び間違えても犬は返事しないぐらいだが、息子には「はぁ!?」と噛みつかれるかもしれない。
2023.3.23.~24.Twitterより編集再掲