
『塔』2023年3月号(2)
⑫特集「私の部活」藤原學(馬術部)〈疝痛(便秘)が死に病の馬の腹を夜通しさすり続けた。肩に噛みつかれながら。後年、塚本邦雄の「馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人戀はば人あやむるこころ」を読んだが、実在としての馬とは関係ない観念的扇情的な歌と遠慮した。〉
これ、面白い。実際に馬を洗ったことのある人ならではの発言だ。机上で作った美しい歌が、現実を知る人に何の感慨ももたらさないことはよくある。短歌と現実の関係について考えさせられる。幻想の側からの意見よりも腹に落ちる感じ。
⑬はじまりを決めたくないわ双子座の双子の足に流れ星降る 中森舞 「~わ」が効いている。この終助詞の使い方は口語の中でも、普段の会話より演劇的な言い回しに近い。流星のようにいつ始まったか分からぬ内に明るさが最大になり消える。そんな二人の関係を望むのだ。
⑭蝋燭は立ち尽くしたままほどかれる 終はらせるかはあなたが決めて 森山緋紗 蠟燭が溶けていくことを「ほどかれる」と表現した。蠟燭をこのまま燃やすか吹き消すか、あなたが決めて欲しい。二人の関係を終わらせることにも被せて言っている。ドラマチックな印象だ。
⑮渡り鳥の夢をまた見た夜明け方 片膝立ててクリームを塗る 石橋泰奈 上句と下句は、論理的な理屈ではなく、何とも言えない情感で繋がっている。夜明け前の空気感の中、主体の夢では夜も渡りが続いていた。その夢から覚めて冷え冷えと足にクリームを塗っているのだ。
⑯絵を観るといふのは触れずに触れること さういふかんじ君とゐるのは 永山凌平 絵を見るときは描かれた対象に目で触れている。君といる時もそうで、君の存在に目で触れているのだ。「さういふかんじ」が比喩であることを強調しているが、くどくなく、むしろ柔らかい。
⑰眼球が埋もれてゆくのほほえみをつくろうとする表情筋に 田村穂隆 微笑もうとする時の動きを細かく意識している。今、マスクのせいで誰もが表情筋の動きがぎこちないが、それだけではない。微笑みをためらう気持ちの中に眼球が埋もれてゆく。「の」で語りかけている。
⑱思い出は語り合う友あればこそ逝かしめて今思うそのこと 多田眞理子 心の底に一人でしまっておく思い出もあるが、語り合ってこその思い出もある。語り合ってこその思い出は、語り合う友がいなければ色褪せてしまう。友が逝ってしまい改めてそのことを噛みしめている。
⑲沈黙は義母(はは)のその日を待っている危篤と言われ十日の経ちぬ 松下英秋 残酷だがこれが現実なのだろう。いざ亡くなったとなると急に物事がバタバタと動き出すのだが、危篤が続いている間は皆沈黙を守っている。まるでその日を待っているかのような空気で。
⑳雑音でいいから音がすぐ欲しい頭の中の思い消したく 宮本華 考えたくないことが頭の中を回っている。少しずつ脚色され盛られて、物語となっていく。又はある場面の繰り返し。そんな思考を打ち消したい。すぐに雑音でいいから耳に流し込みたい。そんな上句に惹かれる。
㉑やさしさを仇で返してしまう日が来ませんように フエラムネ吹く 朝野陽々 こう詠うということは、そんなことをしてしまう予感があるということか。そっと祈りを込めてフエラムネを吹く。仇で返すことになっても自分では制御できない、と感じているのかもしれない。
㉒燃えさかる一葉をひろう落ち葉にはどれほど優しくしてもよくて 青海ふゆ まさに燃えるような赤い色の落ち葉。これを大切にして、優しく扱いたい。どんなに優しくしてもよいのだ。優しく接することがかなわない相手がいるのだろう。落葉のように乾いた悲しみを感じる。
㉓はなは散る 忘れてしまったときでなく忘れたことに気がついたとき 山桜桃えみ 韻律がとても良く、声に出して読むのが心地いい。初句は象徴的な「はな」。下句は要は思い出した時、ということなのだが、二句三句と対になって意味と言葉が整っていると思った。
2023.3.26.~29. Twitterより編集再掲