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『塔』2024年1月号(3)

ああ、又だ、鍵かけたつけ……玄関(げんくわん)より幾程もなき歩みなりけり 篠野京 上句、会話体の独白体で軽く始まり、下句でいきなりの茂吉。この落差が面白い。大真面目で玄関に引き返す主体。下句は状況の把握だが、それはそれで独白なのだと思う。

目覚めとは夢の死 夢の角の樹の荔枝捥ぐ腕たしかに白し 小田桐夕 確かに目覚めは夢の死。最初にズバッと言われると新鮮だ。二句は句割れだが二句だけ見ると「夢」が二回入る。その後「の」音の連続で夢の中のようなもやもや感から、最後の白い腕が急に生々しく迫る。 
 荔枝(レイシ)、その実はライチ。樹から捥いでいるのだから、茶色い果皮が見えるのだろうが、最後の一語を読んだ後、果肉の白さも、連想される。

ご清祥をお祈り申し上げられてそっちの出方次第と思う 小松岬 定型表現を短歌の中にそのまま持ち込む手法は今までにもあったが、この一首は下句の不穏さが特徴だ。当り障りの無い挨拶の中に込められた相手の真意を問う。誠意が無いことを敏感に感じ取っているのだ。

カンナ咲くかわいた午後君の言い訳を何ひとつ聞いていなかった 保坂真寿美 59585と取った。二句は畳みかけるように早口で、結句は欠落感のある字足らず。相手が何を言っているかにもう興味が無い。言い訳をする時点でもう相手にしたくない。そんな気持ちだろうか。

求むるは愛か刺激か逸脱か汁なし担々麺が食べたい 白澤真史 扇情的な映画のコピーのような上句に、突然の下句。上句のような気分になった時になぜか担々麺が食べたいと思った、あるいは、汁ありラーメンを常道とする主体にとって、担々麺は逸脱、なのかも知れない。

何もかも知ってるわけじゃないくせに「全てが好き」と言えたあのころ 太田愛葉 あのころ、は恋の始まりの頃だろう。何もかもどころか、ほとんど何も知らないのに「全てが好き」と言えたあの頃。ばかだったなあと思いながら、純粋だったなあとも思うのだ。

そういえば虫刺されもう痒くない 多分君にも電話はしない 大和田ももこ 我慢している内にいつしか痒くなくなっていた。多分君のこともそう。少し前までは電話がしたくてたまらなかったが、今もうそれほどではない。きっとこのまま電話しない内に、忘れてしまうのだ。

2024.2.15.~16. Twitterより編集再掲

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