見出し画像

『塔』2023年6月号(3)

おひな様持って行ってと言われても吾の居た証消える気がして/おひな様離れて暮らす父母を代わりに守るアバターとなれ 尾関あずさ 実家を出た主体にとって、お雛様は自分が居た証。実家に置いておき、老いた両親を代わりに見守ってほしい。「アバター」の語が納得だ。

通り雨、それから彼はどうやって詩を読むように嘘をついたか 後藤英治 息をするように、どころか、美しい詩を読むように嘘をつく人がいる。通り雨、の状況設定に続き、小説の一節のような語りが来る。彼って誰?その後どうなったの?と前のめりで続きが聞きたくなる。

花筏 あの世に死者のゐる限り水面(みなも)はいつもわたしの鏡 千葉優作 桜の花弁が水面で筏のような形を成す。花弁の隙間の水面を、自分の鏡と思って見つめる。幻想的な下句だ。それは上句で描かれる死者たちの、空からの視線を受け、それと重なる視線なのだ。

いずれ離れるこころであれば最初から さくら、さよなら、それでも、すきで 仲原佳 いずれ離れていくことを予感している関係。それなら最初からさよならしたい。それでも好きだから苦しい。最初、さくら、さよならのサ音が美しい。きれぎれの言葉が花吹雪のようだ。

達筆を誉めれば若き住職のアップルウォッチが何かしゃべった 村﨑京 秩父の札所巡りをした一連。住職の達筆を誉めたところその言葉に反応したのかアップルウォッチが何か言った。ちょっとビクッとしたのでは。札所、御朱印、アップルウォッチというミスマッチが楽しい。

訪れはひそやかにふと。ここにいるここに咲くよと言わないきみは 谷口結 「きみ」は一連の歌から梅の花と思われるが、必ずしも花と取らなくてもいい。待ち望んでいた、控えめな存在が、ふと気付いたら傍にいた。そんなやさしい、幸せな気持ちを一首から感じ取りたい。

壁ひとつひよいと飛び越す勢ひでゆきたいと言ふ兄ほほ笑みて 八木由美子 主体の兄は病が重かったのだろう。覚悟を決めて微笑んでいる。特別なことは何も無い、壁を一つ勢いよくひょいと飛び越す、そのぐらいのものだ、と。むしろ残る者をいたわるような言葉が胸に迫る。

白梅は日を返しつつ紅梅は日を吸ふごとく咲き満ちてをり 小平厚子 白梅紅梅並び咲く、梅園の雰囲気がよく出ている。春は近い。少し強くなった日を照り返す白梅、日を吸ったかのような紅い色に満ちる紅梅。きっと良い香りもするのだろう。読者も共に散策している気分だ。

病友の思ひの他に明るくて互の闇を告白し合ふ 宮里万里 聞いていた病状からは随分明るい雰囲気の友。お互いを気遣いながらなぜか互いの闇に触れてしまい、堰を切ったように告白し合った。日常生活では触れることの無い心の場所に、病いがきっかけで触れてしまったのだ。

この冬の鏡のなかに向日葵が燃えているのだひどく激しく 春野あおい 即物的に取れば、ゴッホなどの向日葵の絵が鏡に映っていた、と取れる。しかしどこか心象詠にも見える。冬の鏡は主体の心で、そこに向日葵のような思いが燃えている、主体はその激しさと共にいるのだ。

間欠泉になってもいいよ吹きあがるきもちそれからたいらなきもち 日下踏子 間欠泉のように気持ちが吹きあがったり、落ち着いて平らになったりする。いいよ、は自分で自分に言っていると取った。自分の気持ちを持て余すのではなく、そういうものだと受け止めるのだ。

話したら楽になるよと誘われてその先でまた聞き手にまわる 吉村おもち いつも聞き役の主体。いつも話してばかりの相手に誘われて、少し話した。しかしたちまち話題を奪われてまた聞き手に回ってしまった。やっぱり…という感じ。そういう相手に限って話すよう誘うのだ。

㊲toron*「四月号月集評」 飼っているウサギ奪われ猟犬に投げられる夢 夢から覚めず 川本千栄 〈四句目まで読むと、そうか夢の話だったのか、となるので結句にどきりとしてしまう。(…)〉一首挙げていただき、評をいただきました。ありがとうございます!

㊳川本千栄「岡部史選歌欄評」選者の増員に当たって、臨時で評を担当しました。『塔』4月号岡部史選歌欄から、14名の方の歌を評しています。

2023.6.30.~7.2. Twitterより編集再掲


この記事が参加している募集