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『塔』2024年9月号(2)
⑦本読めば何とかなると思ってた甘さを殺す気持ちで読むよ 吉岡昌俊 この世界で自分を何とかするために読書を重ねて来た。しかしそれは甘かった。その甘さを噛み殺すような気持ちで、でも読書は続ける。私も同じようなことを最近思ったので苦く共感した。
⑧信長はいかに見るらんこの夏に岐阜高島屋ついに消えたり 村瀬美代子 いや、彼はそもそも創業を知らないし。ネットでの買い物が主流になってかつての百貨店は苦戦している。それをいきなり信長の時代は栄えてたのに、みたいに昔に接続するのが楽しい。文語調の面白さ。
⑨花のなかに潜つて潜つて蜜を吸ふ息絶えだえの蜂になりたい 山尾春美 蜂は本当はそんなに息絶え絶えになるまで長居せず、蜜だけ吸ってさっと去るのではないか。だからこの蜂は主体の願望の具現化と取った。何かの法悦、官能的な喜びを思わせる。
⑩吉岡昌俊「誌面時評」
〈川本千栄氏は「バス停にいるのは、数分後の自分の姿だ。残像の未来バージョンということになろうか」等の(山名聡美氏の)文章を面白いと述べている。〉
7月号の「七十周年記念評論賞」座談会について触れていただきました。ありがとうございます。
〈読者も座談会の内容を全て鵜呑みにするのではなく、むしろ自分が違和感や疑問を持った箇所で各々が立ち止まってよいだろう。〉
座談会記事の読み方にも考察の及んでいる文です。ぜひお読みください。
⑪火星では夕陽が青く見えることを習ったとき隣にいたかった 小松岬 学生時代に、ということを初句から四句までで丁寧に描いている。夕陽が青く見える場所に二人でいたい、という思いも重なってみえる。「いたかった」と過去形で言っているが、二人の関係は現在形だろう。
⑫生きながら燃えてゐし蛾よ詩作には五十音てふ着地点あり 横井来季 その蛾は主体の思いの投影されたものだろうか。詩作には着地点があっても、蛾には着地点が無かった。詩になし得ない思いは、生きながら燃える蛾の映像として、主体の中にずっとあるのだ。
⑬パソコンのキー打つ指が止まる午後電池で動くものになりたい 谷活恵 ずっとパソコンのキーを打っていて疲れた午後。もう自分の中に自分を動かす力が無い。電池で動ける無機質なものになりたい。自分の頭や心を使って動くことの湿度に飽き、乾いた動きがしたいのだ。
2024.10.12.~13. Twitterより編集再掲