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『塔』2023年12月号(3)
㉓ふと気付く休日の午後今はもう電子レンジはチンとは鳴らない 白澤真史 頭ではチンと思っていたが、実際にはピーと鳴っていた。それに気付く、休日の午後のゆとり。チンする、も既に死語。最近、日本に来た人には通じない。最も無難なのは「レンジで温める」らしい。
㉔花の名をふたつ夫は覚えたりわたしにくれた花の名として 寺田慧子 花の名に無頓着な夫。けれど主体にプレゼントする時に花屋さんにレクチャーされたのか、花束の中の花を二つ覚えてくれた。それさえも相手を想う、贈りものなのだ。花以上にうれしいことかもしれない。
㉕全員の手持ち花火が消えたとき全員同じ寂しさの量 大和田ももこ 手持ち花火を楽しんでいたが、最後は全員の持っていた花火が消えてしまった。その時同じ量の寂しさがそこにいる全ての者に訪れる。全員、という堅い言葉の繰り返しが却って寂しさを引き立てる。
㉖りんどうは花の先から色褪せる 寝ている顔が憎いと思う 大和田ももこ 上下の取り合わせがいいと思った。花の先から色褪せていくりんどうと、憎しみしか感じない相手。少しずつ心が蝕まれていったのだろう。花が枯れるのと同様、愛情が枯れたらもう元には戻らない。
㉗ついに私はわたしに飽きた赤に青に咲き分けている朝顔淡し 空岡邦昂 上句に驚くと共に納得。自分が嫌になるとかより諦めの感覚が強い。いろいろな色に咲き分けて人を飽きさせない朝顔は淡い色で咲いているが、自分には強くてひたすらな自我があるのだろう。
㉘まうしろから黒板までカニ歩き六十五人の昭和の教室 白井均 昭和は長いから団塊世代か。それにしても1クラス65人!令和の今からは信じられないぐらいの数だ。今の定員のほぼ1.5倍強。机と机の間を真っ直ぐ通れないからカニ歩き。カニ歩き、にその人数を肯うユーモア。
㉙墜落する夢を見るんだ片羽をレジンで固めた蝶のうたたね 松浦唯 蝶の片羽をレジンで固めたオブジェかアクセサリーのようなものだろうか。それを見ながら蝶に憑依したように墜落する夢を見る主体。片羽をもがれた蝶は、もがれたままどこかでうたた寝をしているのか。
㉚夏の末にあなたの腕を思い出しある種の閉ざされている高揚 鈴木智子 あなたの腕に抱かれた時の高揚を思い出したのだろう。夏の末に、思い出すということは思い出すことがまれ、あるいは禁忌なのかも知れない。その高揚感もどこか閉ざされている。距離を感じてしまう。
㉛「独軍のパリー放棄をラヂオ傳う」昭和十九年八月三十日 片山裕子 友達が古民家でカフェを始めた。そこに残されていたトランクに入っていた筆書きの日記。一連からそんな情報が分かる。この一首は日記の文章をそのまま引用した。ある時代に生きた人の息遣いが伝わる。
新しき国興るさまをラヂオ伝ふ亡ぶるよりもあはれなるかな 土屋文明『山谷集』(昭和十年)
ラジオは当時、最新情報を最速で伝えてくれるメディアだった。「ラヂオ」という語にどこかレトロな印象を持つが、それはあくまで現代の感覚だ。
そしてこれは決して明るいニュースではない。日本にとっての同盟国ドイツの敗退が始まったのだ。一連が明るくほのぼのとした雰囲気なので、この一首が目立つのだと思う。
㉜文明のはじまりもおわりもたぶん炎でできていること たまや 三井水引 人間が火を持ったことから文明が始まった。各地で起こる紛争からは、戦火の中に文明や人間そのものが亡びていく終末が見える。そんな理屈が頭の中を巡りながら、目は花火に、口からは「たまや」。
㉝「七十周年記念評論賞 募集のお知らせ」。115ページに要項が載っています。数年に一度の賞です。ぜひふるってご応募ください。
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2024.1.22.~25. Twitterより編集再掲