『塔』2024年5月号(1)
①思ひ出なんかぢやないもつと大切なもの諸共に家が倒れる 山下好美 思い出という言葉は記憶の一部、良い記憶を表している。今、地震と共に倒れていくのは、記憶ではなく、今の生活、日常そのもの。大切なものとしか言いようのないもの。それと共に家が倒れていくのだ。
②今朝のバスに乗り込む人ら髪に服に雪の骸をまとはせ光る 加茂直樹 朝、バスに乗り込んでくる人の髪や服に雪がついている。その雪はしばらくすれば溶けてしまう。そんな今にも消えそうな雪を「雪の骸」と表現した。骸は不吉な語だが、結句は明るく詠いとめられている。
③思い出さざることしばらくはふきのとうの苦さのごとく残りて消えつ 廣野翔一 思い出さないから何なのか分からない。けれど春のふきのとうのような苦さが心にとどまっており、やがて消えてしまう。何を思い出しかけていたのか。心の動きのどうにもならなさが寂しい。
④水に映ってゆれてるひかり今ここで完結したい感情がある 上澄眠 上句のように揺れて、形が定まらない光。主体自身の感情も形を持たずに揺れている。自分の感情の形を定めたい、完結したい。持ち越した感情で、これ以上傷つきたくないのだ。完結という言葉選びがいい。
⑤特集「豊穣祭 入会○年目の歌人たち」
ロシヤ軍の重戦車アスファルトの路面上を凸凹にして通り過ぎにき 黒住嘉輝 祝・入会70年目!大連での終戦の記憶を詠う。戦車の通った後はアスファルトの路面がデコボコになっていた。実体験の凄さ。初句、ソ連軍の方がいいのでは。
⑥降る雪に見えた雷これからのあなたを信じるわたしを信じたい 北虎あきら 冬の曇天の下、予兆のように閃く雷を見ながら自分と相手の今後を思っている。初句二句と相俟って儚い三句以下が、祈りに近い印象を与える。自分のことなのに確信が無く、望みとして言うしかない。
⑦心配は無用ぢや認知症ではない かなり重いが戀の病ぢや 王藤内雅子 ぼーっとしていて認知症を疑われた主体。軽妙に応答している。同じぼんやりでもこれは恋の病、と。わざと老人ぽい口調でユーモアを漂わす。重い恋の病がその成就によって治癒しますように。
⑧ゾウさんだキリンさんだと言いながらオランウータンなぜか呼び捨て 白澤真史 幼い子と動物園に行った主体。親子でゾウさんだね、等と会話している。なぜかオランウータンは呼び捨て。最後の「タン」が赤ちゃん言葉の「ちゃん」に思えるのか。
何に「さん」をつけて何につけないか、日本語の謎。規則性が無い気もする。さらに「お」が付くかどうかもノリで何となく。動物で「お~さん」になるのは「おさるさん」だけ。野菜は~などと歌を読んであれこれ考えた。
2024.6.14.~15. Twitterより編集再掲